2011年3月27日日曜日

その名はゴーシュ ~ルーツその2~の続き

とうとう前後編になってしまいました(笑)

さて、練習を重ねた館劇団も、どうにか本番を向かえます。気合を入れ集中して、僕は“ゴーシュ”になります。物語の冒頭、借金取りに囲まれ、僕は土下座し、自暴自棄になり家族を捨ててゴーシュは去ってゆきます。実際、本番で役に入り込み過ぎ、舞台から去ったあとの舞台袖で、本当に自殺しそうな気持ちになって泣きそうになりました(笑)。

そんなこんなで、こどもの館での本番は終了します。いつもならここで終了なのですが、今回は一日あけて(といっても、その空いた日も現場の下見)、淡路花博会場での公演が控えています。
で、それこそ館劇団一大ツアー♪観光バスを二台(三台?)借り切っての移動。なんだかちょっとした修学旅行でした(笑)。
「淡路花博なんていかないだろなー」なんて思ってたのに、まさかの花博です。実際、出演者総勢50名の大作になっていましたので、上層部もちょっとピリピリしたもありましたな。
現地はそこそこの人並み。しかも館劇団は“野外移動劇”なので、各場面の舞台を確認し、演技エリアの確保をしなければなりませんでした。
真夏の淡路島は暑く蒸してはいましたが、ときおり吹いてくる海からの風が、僕らの熱を調節してくれていました。

そして淡路公演の日、僕らは朝から乗り込み、昨日確認した通りにリハ、ゲネを重ねてゆきます。本番は確か15時か16時から。まだ明るいときからなので、お客さんも最初はお客さんもまばらです。
ただでさえ知らない場所でほとんどぶっつけ本番の舞台だったのですが、僕らは集中し、そして本番は始まりました。
冒頭の歌の場面が終わり、僕らゴーシュ一家の場面です。そこで僕はちょっと奇妙な体験をするのです。

ゴーシュ一家の場面の後半、借金取りたちに踏み込まれゴーシュさんは土下座して謝ります。そして借金取りたちが引き上げていくとき、その中のひとり(ヒロ)が、土下座している僕の頭を小突いていったのです。
それはその時だけの小さなアドリブだったのですが、その瞬間、僕は役を(というか自分を)忘れて、本当にみじめな気持ちになり、周りのことは何も気になりませんでした。僕は瞬間、本当に“ゴーシュ”でした。
あの瞬間、本当に「もうだめだ」と思い、本当に「死んでしまおう」と思いました。そしてゴーシュは宮沢賢治の“春と修羅・序”の詩を詠いあげます。詠いながら僕は、澄み渡った空を見上げて「なんて綺麗な空なんだろう」と虚しく儚く思っていました…。

それからのことは実はよく覚えていません。ただ最初はまばらだったお客さんも途中から増え始め、最終の場面ではかなりの人数で、終わったとき少しびっくりしたと思います。終わった時は日も落ち、暗い中でも撤収やら搬送やらでもうヘトヘトでしたが、最後に如月さんが言った「今回はね、ミスキャストはないのよ。みんな適材適所で素晴しい芝居だった」との言葉に、すべて報われた気持ちでした。


今でもあの夏のことを思い出します。僕が今でも芝居を続けているのも、あの夏があったからだと思います。僕がたまに役者をするときは、あの“ゴーシュ”が僕を見ているのです。だけど僕は、あのゴーシュ以上の演技を、あれからできていません。どうしてもあのゴーシュを越えることはないんです。
あのゴーシュが見たあの青空。あの空が、僕の心には、ずっとあるのです。

2011年3月17日木曜日

その名はゴーシュ ~ルーツその2~

はてさて、懲りもせず今回も“ルーツシリーズ”です。

今回のは、僕の演劇の、いや、僕の人生のターニングポイントになったといっても過言ではない、第10回こどもの館劇団発表会“暁のグスコーブドリ大作戦”について、書きたいと思います。

以前から何度も書いてますが、毎年夏休みに県下の中高生を対象とした演劇ワークショップが、こどもの館で今も続いています。僕が参加したのは今から12年前、館劇団の8年目。如月小春の指導のもと、まさか自分が“演じる側”にまわるとは思わず、しかし今まで体験したどんな世界よりも楽しく、そのひと夏でハマってしまいました。
そして、その翌年。参加2年目。
それこそ当時の僕にとってその年は(プライベートで)すさまじい事件があった年で、それこそ20キロ近く激ヤセして向かえた夏でした。ですが…この年の、このワークショップがあったからこそ僕は、演劇を続けていられて、今、ここにいられるのだと思います。そんな、夏でした。えへへ。

夏休みが始まると同時に、こどもの館劇団のワークショップも始まります。僕は体調を整えながら、ワークショップに参加しました。柔軟や発声をし、如月さんの脚本に沿って(確か上がりは遅かったような…)進んでゆく濃密な日々…多分、去年と同じ夏のように、過ぎてゆくはずでした。
ですがその年は、館劇団の10周年ということと、淡路で花博があり、その設計者がこどもの館と同じ安藤忠雄さんの「花博会場で、そこでも演劇をして欲しい」との呼びかけで、館劇団はじまって以来の“旅公演”があった年でした。(もともと館劇団は“野外移動劇”なのです)

今年の題材は宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」をベースに、その数十年後のイーハトーヴの現状を、一人の高校生とその妹たちを通して、“生きる”ということの意味を見つけてゆく物語です。そして登場人物はすべて宮沢賢治の作品群の名前で占められています。
まずは役決め。当時、館劇団では役きめは“くじ引き”で決めていました。で、大人の男性陣の枠は三つ。当時、大人の男優は(確か)5人。でもうち二人は、如月さんご指定の役を与えられているので、僕を含め三人がくじ引きです。役柄は、1・大家族のお父さん、2・旅芸人一座の座長、3・脱サラ農家の貧乏お父さん、の三役でした。で、こどもたちの配役も決まりいよいよおじさんたちの番。僕は最後に残ったくじ。三人同時に開けると僕の紙には、「26・ゴーシュ」と書かれていました。
実のところ、1の豪快お父さんも、2の芸人座長もガラではなかったので、消去法で貧乏お父さんかなと、思っていたので、内心ホッとしたことは確かです。

それからというもの練習は熱を帯び、こどもの館では各場面ごと、各グループごとにいろんな場所で練習をしてゆきます。僕のゴーシュ一家は冒頭部分、物語の発端となる事件の場面です。
脱サラして念願の農家を始めたものの、不作が続き借金を重ねて両親は自殺に追い込まれる、そんな場面でした。「自分自身、実家の借金で大変なのになー」などと、精神的にも追い込まれながら練習を終えてホールに戻ると、そこには旅芸人たちが練習していて、「俺らはホントに自殺しそうなのに、なんでこんなに楽しそうなんだろう…」と、演劇の矛盾さに悲しくなったりもしました(笑)。

そんなこんなででも夏は短く、アッというまに過ぎてゆき、そして本番を迎えます。ゴーシュ一家で冒頭で自殺してしまう両親は、もう出番がなくなるため、如月さんは別に“研究員”という役も振っていただきました。そしてこどもの館、本番です。その日も当たり前に暑く、そして晴れ渡った夏でした。

かなり書いてしまいました。この続きは“続き”に書きますね(笑)。

2011年3月14日月曜日

わすれない

おおきな地震がありました。
これは現実かと、目を疑うほどの衝撃でした。
ずっとテレビを見ていたら、不安と悲しみに押しつぶされそうになりました。
だけど、テレビを消してしまうのは、なんだか目をそらそうとしているみたいで、ずっと受け止めているしか、ありませんでした。

なにもできない。自分の無力さを悔やむ。

僕はぼくの、できることをしよう。
誰かのために、祈ろう。
明日のために、笑おう。

僕も、この気持ちを、絶対にわすれない。

2011年3月8日火曜日

分断されゆく世界

もう三月ですな。
たしか去年の今頃は、「熱海殺人事件」の公演終えて共鳴空間、ダイズハハタケノマメの客演の頃、でしたかな…しかしあまりに激しく駆け抜けた一年だったので、本当にアッという間でした。(閑話休題)

さて、最近は(とはいえここ十数年)、世の中のスピードが速くなってきたといわれます。高速道路や高速鉄道、携帯電話やインターネット。僕らをとりまく環境は便利さを求めて、より速く、より複雑になってきたようです。それはそれで良い悪いは関係なく仕方のないことだと思います。僕らの少年時代、それが夢であり理想でしたから…。でも、便利さを求めた結果、“情報過多”になったことは周知の事実だと思います。(この“情報過多”の話はまたの機会にします)
それはそれとして…現代人とて人間です。個人の情報処理能力なんてたかが知れてます。
で、何が言いたいのかというと…

僕はある日、ニュースを見ていました。確か彼氏が付き合っていた彼女とその姉を刃物で刺して逃走…そんな内容だったと思います。その時僕は、「あ、恋愛のもつれだな」とか「あ、こいつキレてやったな」と、ニュースをものすごく端的に、断定的に判断している自分に気づきました。
よくよく考えてみると、“恋愛のもつれ”という言葉だけで片付く事件などないんです。事件を起こした加害者も、素直に相手のことが好きだったからかもしれませんし、相手の言葉も悪かったのかもしれません。本当のことなんて、本当は何も知らないんです。

僕はそのとき、“端的に答えを出すことの怖さ”を、感じました。簡単に結論づけて、“情報”を“処理”しようとしている自分がいることに気づいたんです。
ニュースだから仕方のないことかも知れませんが、だからといって僕は、物事はそんな簡単じゃないだろうと思いだしたんです。
でもそんなコトいっても、いちいち目の前で起こることに深く考えることなんてできません。イメージや先入観で決めつけていることなんてしょっちゅうでしょう。“先生は偉い”“ヤンキーはバカ”“前科者が悪い”“演劇は貧乏”(ぁこれは当たってるか)など、意外に自分でもレッテル的に決めてしまっていることのなんと多いことか。
でも、もしそんなイメージがちょっとでも違えば、意外性がでて楽しいと思うのです。きっとそれが“ドラマティック”なんだと思うのです。そのためには「深く考える」ことだと思うんです。
(気持ちに少しの余裕があれば、ですが)ほんの少し深く考えられれば、物事を簡単に結論づけてしまうこともなく、気持ちを切り捨てることも少なくなるのかな、なんて思ったりします。

支離滅裂な話になってしましましたが、たぶん他の言葉だと、“多角的に見る”とか“察し”とか“思いやり”とか“優しさ”とかなのかもしれないですね。

一方向だけの見方はファッショで、画一的で硬い。(あくまで僕のイメージです)
そして僕は、「みんなちがって、みんないい」が、大好きなのです。

2011年3月5日土曜日

ここに立ちつづける理由は

あちゃ、もう三月じゃねーか。
ってなわけで、共鳴空間さんの音響を終えて現在はソラシードの音響マンです。

あ、告知がてらですが…

ソラシード第5回公演(で、いいのかな)
「今度ハ愛妻家」(“は”が“ハ”になってるのは、察してね。Web対策なもので)

場所:神戸北野「シアターポシェット」

日時:2011年19日18:30~/20日13:00~、17:30~

今回は音響としてのソラシード参加です。共鳴さんの本番終わりで駆けつけたのですが、今回は選曲も含めた音響なのでなかなかのプレッシャーです(笑)。
僕は未熟者なので(横着者ともいう)、先週の練習中に決めていきます。よくいえば芝居の雰囲気と演出プランを感じながら直感で決めていきます。「あちゃ違った!」と思うことはしょっちゅう。どんどん候補曲を変えていきます(って書くと格好はいいですが意外に地味な作業)。
今回は僕は演出ではないので、演出の方の意向に沿ってるのか不安に思いつつ、しかし自分の感覚を信じて音を出していきます。

まだまだ決定ではないので、これからの練習は整えていくことかな。お芝居はなかなか面白くて切ない感じなので、よければ♪