2011年12月30日金曜日

一年の終わり

今年も、もうすぐ終わりですな。

一年間、いろいろありました。

なんだか、いる意味激しい年だったかもしれないです。精神的にね。

でも、それでも前へ進まなきゃならないときでした。

そんな2011年、私にお付き合いくださった皆さま、本当にありがとうございました。

ただただ、感謝です。

来年も、よろしくお願いいたします。

来年は、もっと面白いことをしたいと思います。

くじけないで、人生楽しもうと思います。

だって、もう時間がないのですから(笑)。

大丈夫、まだまだやれます。

それじゃ来年、宇宙のどこかで。

2011年12月6日火曜日

様式というか形というか。

ちょいと久方ぶりですかな。

先日「SPECE BATTLESHIP ヤマト」を観ました。そう、宇宙戦艦ヤマトの実写版。木村拓也主演のヤツ。内容は意外にも(失礼)しっかり作ってて、周りから聞いた感想よりは楽しめました。
で、途中から観てて「あれ?」と思ったことが・・・。

実はヤマトは艦橋(館長や操縦士がいるとこね)は船の上部にあり平面で構成されてます。まあ普通の船の感じですな。
でもヤマトは“宇宙”戦艦です。そう、宇宙の戦艦なので無重力空間を行くわけです。リアルに考えると無重力の演出を加えなければ変です。でも乗組員たちはヤマト内では普通に歩き、普通に倒れたりします(笑)。僕はこれを実写版で気づいたとき、感動すら覚えました!だって昔のアニメのヤマトもそうだったのですから!
これは意外に誰も気づいてないようです。僕が気づいたのは昔、アニメ誌のネタにあったのを覚えてたからでした。それはこんな感じのものです。
「ヤマトの乗組員はなぜか全員日本人である。それは日本人が“根性”があるからである」
「その“根性”はヤマトの部品にまである。ヤマトの被弾した破片までも“根性”により(宇宙空間でありながら)“下”へ落ちるのである(笑)」
当時中学生だった僕は、突っ込みネタとしてそれを笑いながら読んでました(アニメを見ればやはりそうでした)。でも実写版を見たとき、「あ!これか!!!」と思ったわけです。

でも意外にそれは不自然ではなかったです。普通に(リアルに)考えるなら、無重力下で髪の毛や帽子も浮き上がるし、移動も床を蹴るだけで済むはず。みんな普通に歩いてましたが。
でも、でもそれが意外に気づかずに物語は進みます。僕は思いました・・・それが「ヤマト」なんだと!!実写版とはいえ、コレは「宇宙戦艦ヤマト」なのだと。
これがヤマトではなく、別の普通にリアルなSF映画ならこうはいかないな、と僕は思いました(きっと映画としての表現方法と“SF考証”の違い)。
アニメが原作のヤマトだから、無重力な演出はいらないし逆にそれでよし!としてる部分があるな、と僕は思ったわけです(まあそれ以前に“演技力”とか“ストーリー性”とかがしっかりしてないと、という前提はありますが)。

で、次に思ったのは“アニメと芝居は、意外に近い(かも)”ということ。
んー・・・これはちゃんと伝わるかわかりませんが、アニメや漫画は「この世界はこうなんです!」といってしまえば、絵やアニメーション的な表現で観ている側は納得させられるものなのですな。(現実世界から遠い、と言い換えればわかるかな)きっとフィクションの最たるものです。(だって絵であり動画なのですから)
でも映画は案外“リアル”を求められます。ちゃんと実写だし人間を撮影してますからね。だからちょっとした動きや設定を見ると「あれ?変だな」ってなことになるわけです(といっても僕だけかも知れませんが(;^ω^))。

でも芝居はなんだか、違います。そうです、芝居は“人が、目の前で演技している”のに、“これはこうなんです!”って言えば“そう”なんです。
よくいわれる「演劇の嘘」なのですが、例えば30歳の人が「小学生です!」っていえば小学生なんです。客席に向かって「壁がある!」といえば壁なんです(笑)。ね、なんだかアニメに近くないですか?(強引?)。

嘘といえば嘘だし、でもそれを虚構というのかもしれません。(観る側の知的想像力の力も借りないといけませんが)。
僕はそんな嘘を内包したお芝居の世界を僕は“様式”と呼んだりしています。世界観としての“様式”をしっかり作ってあるほど、観客は感情移入しやすいのだと思います。

って、考えはいろいろ出るのですが実際難しいですなー・・・(遠い目)。

(↑この内容、わからなければ直接聞いてください(笑))

2011年11月29日火曜日

姫路国際短編映画祭、CM、2011

そういえば・・・

天狼星の本番や演遊舎の本番に追われて、いろいろとりこぼしていました(笑)。
私にとっては芝居の舞台が主戦場だと思っているのですが、まあ演劇に関係していくといろいろな繋がりができてゆくものです。で、私はツイッターで知り合った方(実は初対面だと思っていたのは私だけで、ホントは以前会っていた方でした(笑))に、「姫路で映画祭があるんですか?」と聞いたことから、それは始まりました。

ま、そのいきさつは少々割愛しますが(笑)、そこから私は姫路の国際短編映画祭に(ちょこっと)関わっていくのですな。
って実はその関わり自体は来年なのですけども、ある日、そのイベントの国際短編映画祭の関係でメールがまわってきたのです。
「映画祭のCMに出演する男優さんを探しています、よろしければ連絡ください」とのこと。
で、まあちょこっとだけで、おいらでいいのならと連絡いたしました。

で、映画祭CM出演となりました。
今はまだアップされていませんが、映画祭HPには、メイキングがでております。ひとまず観てみてください。そのうちCMとして、出ます(笑)。

そんなことも、まあしてると。

2011年11月27日日曜日

羅列 ~世界その1~

結局のところ、この歳になってようやく世界がわかりかけてきた気がするんだけども、でもよくよく考えると世界なんてモノは自分の捉え方でどうとでもなるものだしわかったと思っていてもそれは自分が見てきた世界の中のコトだけなのかも知れない。自らの理解度に合わせて自分の見方は変わるものだしまたそうした変化を受け入れるような自分であらねばならないと思う。きっと世界は流動的であると思うし常に変化してゆくものと思う。とはいえ日常の中でそこまでの達観はできないし逆にそれとは程遠い世界に自分達は常にいるのだ。
僕はここにいる!と叫んでみたところでそれを認識しているのは自分しかいないしそこはもう自分の世界でしかないだろうと思う。つまり自分の世界なんて自分が感じたいと思った無意識の集合体であってきっと立場とか世間とか目に見える情景などではないはずだ。しかしそれを定義づけするには厚かましい話だし僕も面倒くさい。要は自らの意識と無意識の有り様なのだ。
ただただ黙ってあまねく世界とのありようを捉えようとしても、それは自分の意識の上での感覚というか、自らが捉えた経験の上で成り立ったものでしかないのかもしれない。
所詮は自意識などという小さな自分の中の、巨大な自我の作った実体のない巨大な化け物の仕業、ということにして、自分の犯した罪の所業をなんなくいいわけにしている、と思う。

なんだか訳がわからんな。

2011年11月13日日曜日

初冬

久方ぶりの更新です。
天狼星の公演「ショート2011」に来てくださった方、ありがとうございました。

さて、天狼星の公演が終わり、すこうしだけ抜け殻状態でしたがでもそんなことも言ってられず、次の公演の準備です。
もう来週に迫りましたが、僕が演出として参加している演遊舎公演「演遊舎が演劇をするらしい」の本番が迫ってます。とはいえ、そんなガッツリガシガシしているわけではなく、そこは演遊舎なりにぼちぼちやってきました。
最初は天狼星のガッツリ感とのギャップにとまどいましたが、でも演遊舎の三人の雰囲気をみて、のんびりした公演にしようと思い今、仕上げているところです。台本、というより役者本位ですな。演劇の基本ではあります。
よければ是非↓

演遊舎公演「演遊舎が演劇をやるらしい」
場所:納屋工房
日時:11月20日 13:30~開演(開場は30分前)
料金:500円

ひとまずインフォメーションです。で、そのまた次のプロジェクトも進行中です。
どうなんだ、休みたいぞ!

がんばります…。

2011年10月18日火曜日

来るべき日のために

さて、私が参加させてもらってる劇団天狼星計画の最後の稽古が終了しました。
あとは金曜に仕込み、土日の本番を待つのみです。

今回は本当にいろいろ勉強になることが多く、且つ、自分の役者としての可能性をみた稽古でした(笑)。

で、いろいろと思ったり感じているのですが、今書くと公演のネタバレにもなるので控えときます。
公演後、感想も含め書いていこうとおもいます。ちょっと待ってね♪
ただ、今回、“渾身”です。狙いどうりです。
ちなみに、天狼星はなるべく前の桟敷席がおすすめです。

あ、11月の演遊舎の公演も、準備しています。と同時に、我が天空旅団も動きだしています。
当分休めそうにないです(笑)。


2011年10月1日土曜日

“ショート”ニングスパイス

今私は、姫路の老舗劇団、天狼星計画の「ショート2011」の稽古場にお邪魔しています。
春先から話には聞いていましたが、まさか自分には来ないだろうと思っていたオファーが、まさかのタイミングで私にきました(笑)。

11月の演遊舎の公演が控えていたのですが、まあせっかくのお誘いだし、天狼星の客演もそうないだろうと思い、快く引き受けました。
で、今はその稽古の真っ只中。正直、自分にとって久々の刺激的な演劇空間を楽しんでいます。

夏の只中、ミーティングで私は「ショートストーリーだし、その中のひとつくらいなら…」と引き受けたのです。そう、引き受けたはずなのです。
ですが、なぜかこんなことに…(笑)。詳細は劇場で確認してください(笑)。

もともと私は演出なのですが、以前から“ちゃんと役者としてがっつり演出つけてもらいたい”という欲望もありまして(それは自分の演出のためでもありますが)、今回その希望がかなったわけです。
で、これまた稽古が楽しい♪
いろんな可能性を自分で試しながら、演技するってことを純粋に楽しんでる自分を発見したりしています。

そんなこんなで、いろんな人が関わったこの舞台、お時間を作って是非、どうぞ!


劇団 天狼星計画「ショート2011」

作・演出 松岡一三

場所:イーグレひめじ アートホール

日時:10月22日~23日

時間:22日18:30~
     23日13:00~
        16:00~

料金:前売1500円 当日1800円


ガッツリど真ん中で、がんばってます!よろしく!

2011年9月8日木曜日

夏の終わりと、新しい始まり

前回の投稿から一ヶ月以上経ちました。皆さん、生きてましたか?

さてひとまずは近況報告です。
7月の終わり、たつの市の青少年館でミュージカル公演をしてきました。東日本大震災を受けての子どものためのミュージカル「幸せを呼ぶ赤いくま」。
なかなか思ったようなイメージとはいかなかったかもしれないけど、本当に楽しく幸せな時間を過ごせました。このことはまた、別の機会に。

そして、こどもの館劇団発表会「ピクチャーブックス」。自分はビデオカメラマンとしていましたけども、新しいこどもたちや新しいおとなたちまで、楽しそうな顔を撮れたのは正直嬉しかったです。

そしてその一週間後には姫路文学館で、先ほどのたつののミュージカルの再公演。正直一ヶ月前の芝居を一ヶ月後にするのは(いろいろ忘れてて)少し、大変でした。でもやっぱりこのメンバーは楽しかったなぁ・・・。


そして気がつけば9月!現在、劇団天狼星計画さんの「ショート」の稽古に、客演として参加させてもらっています。
8月のまさかのオファーから先日が立稽古でしたが、まあこれが楽しい!(笑)自分は役者より裏方!と信じているんですが、今回はまた色んな意味で楽しめそうです。この現場はまたおいおい報告していきますね。

ともあれ、一週間の休む暇もなく怒涛の芝居漬けの夏でしたが、どうやら秋も、冬も芝居に関わっていそうです(笑)。
楽しい舞台を、たくさん♪

2011年7月29日金曜日

夢の残骸

暑いです。もはやひたすらに。
ま、そうこういっても夏はきますから、暑くてもがんばっていかないといけないんですけどね♪

で、先日。たつのの本番を控えた7月中旬、昨年参加した自主映画の若き監督さんから一通のメールが届きました。
「以前、参加していただいた作品は全て落選でした」と。
まあ仕方のないことです。初回からうまくいく人なんていません。みんなその挫折から学ぶのです。

んで、まあ私もちょこっと映像をかじるのですが、最近思うのはその映像のつなぎ方というか、見せ方なんてものに非常に興味があったりなんかします。
まあいってしまえば映像センスともいえるのでしょうか。(私のがいいとかそんな手前味噌な話ではなく)なんか“表現の手法”みたいなものがちょっとした個性に混じって、あるように思います。

なんにせよ、画像や映像なんてものは舞台とはまたちがって、見たものが全てですから。たくさんいいものを見て、自分のセンスを磨こうと思いました。

2011年7月24日日曜日

夢のちから

皆さまお疲れさまです。この度、たつのわくわくアートプロジェクト、ミュージカル「幸せを呼ぶ赤いくま」公演終了しました!
関わってくださった方々、観にきてくれた皆さま本当にありがとうございました。

今回は本当に大きなイベントになり、ミュージカル自身、このイベントの一部なんだってことを思いましたな。
でも今回はいろいろ勉強になりました。(基本)ミュージカルを軽視し敬遠してた自分でしたが、一度経験しておくのも悪くないと思い、がっつり役者として参加してきました。
いろいろ反省点はありましたが、概ね成功だったんじゃないでしょうか。自分でも舞台で歌うことがこんなに楽しく面白いものだとはおもいませんでした(笑)。かなりの方に僕の燕尾服に賛辞の言葉をいただき、なんかこそばゆかったです(笑)。
あとは一ヶ月後に姫路文学館である、同じ公演です。がんばります。

で、ミュージカルも大入りで、子どもたちにも喜んでもらえたようですが、その後のイベントも素晴しいものでした。
ひとつの公演を打つこと自体大変なことなのに、また舞台を変えて子どものためにダンボールアートやダンスやジャズ、和太鼓のライブまでするとはこのイベントはなんて大きなモノになったんだと、感動さえしていました。なかでも僕は2部のダンボールアートとかをしているときは子どもたちの素の笑顔をみて、そしてその空間に自分もいれているってことを感じて、ものすごく…本当にすごく「幸せ」ってものを感じました。ビデオを撮りながら僕は胸に熱いものまでこみ上げてきましたもの。

本当に“人”ってすごいなぁって思います。ひとりじゃこんなイベント、できないですもん。でもそれでもひとりひとりの“想い”が集まって昨日の一日が出来たとするなら、本当にすごいことだと思います。僕は
その力のほんの一端を担えて、本当に幸せでした。
それを叶える“夢の力”って、すごいなぁっと感じた一日でした…。

あ、かなりビデオの撮影量が多くて、どう編集しようかかなり迷ってるところです(笑)


最後に…
僕に関わってくれた皆さま、本当にありがとうございました。本当に幸せな時間って、こういうことなんだなって、久々感じました。
本当に、“ありがとう”。

2011年7月5日火曜日

夏の、ミュージカル

ご無沙汰です。

今僕は、たつの市のわくわくプロジェクトに参加しています。そう、一年前のコンテンポラリーダンス公演からのお付き合いです。
前回の「駅」以降のミーティングで、「何がしたいか」の質問にさまざまな意見が飛び交い、最終的にはミュージカルになったのですが、それがいろいろ膨らみ、「わくわくアートプロジェクト」として開催するようになったそうです。

で、今、そのミュージカルの稽古に奔走してます。してますよ。ええ、してますとも!(笑)。
まさかの僕が歌って踊っています(笑)自分にとってはすごいことです!そりゃ傍からみればシレッとやってるみたいに見えますが!
まあ、今までミュージカルなどに参加する機会なんてなかったですから。んじゃいっちょ体験しなきゃ!と演劇的興味だけで参加してます。
ナメてたわけじゃないですが、歌いながら踊るというのがどれほど難しいか痛感しています(笑)。ま、そんなこんなで悪戦苦闘しながら作っています。いろいろイベントはあるかと思いますが、時間があれば(以外と近い)たつの市まで、どうぞ♪

わくわくアートプロジェクト

日時:7月23日(土)

時間:1部 ミュージカル「幸せを呼ぶ赤いくま」14;00~15:00

:2部 ダンボールアート等「わくわくキッズアート」15:30~17:30

:3部 ダンス&ジャズバンド「わくわく夕暮れライブ」18:00~20:00

場所:たつの市青少年会館

料金:無料

アートに触れるいい機会だと思います。ちょっと足を伸ばして来てみてください♪きっと何か発見があるはず・・・(笑)

2011年6月20日月曜日

生きるためにできること

(今回はただの“独り言”です。多少内容がわからない部分もありますがご了承ください)


最近よく思うこと。思えば遠くへきたもんだ。僕が芝居を始めた当初からは想像のできなかった未来に、自分はいるんだなぁとしみじみ思う。

僕が本格的に演劇と関わりだして、十数年が経ちます。でも「ルーツ」でも書いているとおり、ずっと以前から演劇に関わる要素はあったんだなと思う。元々そんな環境にあったってことか。しかも役者側でなくスタッフ側で(笑)。
でも、あの夏の、あの舞台がなければ、僕は本当に堕ちていたかもしれない。もうそれは僕が僕ではなく、全くの別人になっていた時。頭ではわかっていたはずなのに。

でも本当に助かったんだと思う。


今でも、どんな芝居の現場でも僕は楽しいです。芝居の稽古するたび自分が「純化」してゆく気がします。

近頃はホントに忙しいです。気軽に頼まれて、断れずについつい引き受けてしまうからこうなるんですが、まあそれもいいかなと思ってます。お願いされなくなるのは寂しいからね。

そうやって忙しい中でも、自分自信のクリエイティブな部分も高めていこうと思ってる。自分にはやはり写真とか映像とか。表現できるものはなんでも。
とりあえず今は写真を撮ってる。人物写真。自分の撮りたいものを撮ろうと。


見た顔が、…似てたのにはびっくりしたな。


もう本当に「器用貧乏」って言葉は自分のための言葉かと思う(笑)。

2011年5月30日月曜日

映画と芝居と僕らのきもち

暖かくなってきました。皆さんいかがお過ごしでしょうか。
僕は、ここ一ヶ月ほど映画のコピーにハマッてました。今年になって新パソになってコピーが容易になったからでしょうか、数年我慢してた(半ばあきらめていた)DVDコピーをかなりしてました。

で、コピーするだけして見る機会を作れない始末(笑)。海外ドラマを次々に観れる環境がうらやましい…。
でも、それでも空いてる時間で芝居のDVDやら映画やらを観てます。で、その中の映画、2本の話。

今回観たのは「サヨナライツカ」と「リリィシュシュのすべて」。
どちらも素敵な映画でした。まずは「サヨナライツカ」。この作品、僕は原作者の辻仁成のファンでして、しかもこの作品を読んでかなりのイメージを作り上げてました。最初は中山美穂が主演と聞いて自分のイメージと離れていたのですが、観ているうちに引き込まれました。そしてあの映像美!ああ、映画ってこういうことを表現するためのメディアなんだな、と思わされた作品でした。言葉で語らずとも、“美”というものを表せるとは、なんて素敵なんだろうと思いながら観ていました。

そして「リリィシュシュのすべて」。これはもうけっこう前の作品になりますが、岩井俊二の作品です。僕は「スワロウテイル」が大好きなのですが、これはまたひとつ作品として昇華した感のある映画に仕上がってます。とはいえ好き嫌いはハッキリするかもしれません。なんだか日本映画というと僕は、独特の雰囲気の、あの文学作品を映像化したようなまったり感を感じてしまうのですが、(これもそんな感じではあるのだけど)それと同時に、なんともいえない気持ちをもった作品でした。

映画のことを書いておいて、いまいちハッキリしないコメントになってしまいましたが、これらの映画をみて思ったのは、以前より“映画の見方が変わった”と思います。まあ、ハリウッド映画はそんなにイメージは変わらないのですが、日本映画に関しては少し深く観るようになったのかなぁと思ってます。
それは僕が歳をとったからなのか、日本映画の有りようが変わったのかはわかりませんが、どの作品も自分に少なからず影響を及ぼしてきてる感じがして、なんだか少しワクワクしたりも、しているのです。

僕は舞台の人間です。きっと映画とは表現方法が正反対なのだろうと思うのですが、(この話はまた別の機会で)同じ分野だと思います。いろんな表現方法を観て、自らの感受性を高めてゆくこと。それがアート(の端くれ)に携わるものの意義なのだと思います。

2011年5月11日水曜日

無音旋律

もう、すっかり夏のにおいがします。
前回、音響のことについて書きました。その途中に思い出したコトを書きたいと思います。

こと演劇において音響は、重要な位置を占めます。役の心情や場面の雰囲気を、よりいっそう盛り上げるのに役立ちます。
僕は演出をしているので、ことさら音響には敏感でいるつもりです。音響を依頼されて参加するようになってからは特にです。

今年の共鳴空間の音響をしたときは、自分は選曲はしませんでした。メンバーが選曲した曲を、指定されたところで操作していました(多少のアレンジはさせてもらいましたが)。ですが、その次のソラシードの時は戸惑いました。選曲を含めた音響だったからです。
まあできないことはないですが、やりだしたら(実は)めんどくさい作業でした(笑)。今までは初めから稽古場にいて、演出しながら音響を決めていたのでさほど苦労ではなかったのですが、共鳴終わりの残り一ヶ月で練習に行き、選曲するのです。ましてや仕事の関係でガッツリ稽古に行けるのは日曜日のみ!役者や演出さんにも不安感を与えたかもしれません。で、まあ選曲に関しては演出さんにイメージは伝えられていましたが、あとはお任せ。もう「そ、それでいいんですか!?」的な気持ちでどんどん選曲していきました。
で、面白かったのが、稽古中…三週間前に大体の選曲が決まり自分なりに安心していたのですが、次の稽古に音を出すとなぜかイメージが合わない…。「あれ!?あれ!?」ってな感じで候補曲を次々に変更していきました。その時の稽古のクオリティに、音響が左右されたんですな(ま、あまりいいことではなけどね)
それは、小屋入りしてからも続きました。最終的にはシンプルかつ、多少変則的な楽曲になったんじゃないかと思います。(後で“あなたの選曲だから3回とも泣けました”と言われた時は嬉しかったなぁ…)。

そして先日。また舞台は神戸です。
今度は風斜、若手と客演で作る“ハルシオン・デイズ”を見たときのことです。
ハルシオン・デイズといえばソラシードを立ち上げる前年、こどもの館OGと(後の)ソラシードの二人で打った公演がハルシオン・デイズでした。ま、それはさておき…この作品、僕にとってはその時に(手伝ってましたから)台本を読み込んだり、DVD買って見倒したりしているくらいの、演目でした。
ですから、きっと自分の中で演出プランというか、間やイメージができていたのだと思います。
僕はそのお芝居を、「俺ならこうするのになぁ…」とか「これならああした方が…」とか(失礼かも知れませんが演出なので)思いながら、観ていました。
そうしていると後半、僕が思うクライマックス辺りでそれは起こりました。その場面は音楽は全くない場面だったのですが、僕の頭の中にはピアノの音が鳴り出していました。少し奇妙な感覚でしたが、でもそれはきっと、僕の音響のタイミングと選曲だったのです(普通にある話かもしれませんが、あんなにハッキリ聞こえたのは初めてだったので)。演出のことを考えながらのことでしたが、ちょっと面白い感覚だったなぁ(笑)。

たまに僕は、いい曲を聴けば(まだ上演もしていない架空の)舞台の1シーンが浮かびます。そんな1シーン1シーンを集めて、良い舞台をつくりたいと、いつも思います。
ホントに、音響っておもしろい♪

2011年4月25日月曜日

赤いボタンを知っているか?

そして、青いボタンを、知ってるか?(笑)。

さて、今回はスタッフ作業の話です。それもお芝居に必要不可欠(かもしれない)音響と照明の話です。
とはいっても、詳しい技術の話じゃありません。“気持ち”の話です(笑)。

昨年僕はソラシードで、つかこうへいの「熱海殺人事件」を上演しました。僕は演出でしたが、いろいろ人手不足で(しかもタイミング重視だったので)、当日の音響作業は僕がやりました。
それこそ本番のがっつり音響操作は初めてだったかもしれない現場でしたが、僕の場合、音響自体は演出と深く結びついているので、さほど苦労ではありませんでした。
その3回の本番中、僕は音響操作に没頭しました。そりゃそうです音響ですから。まあ、そのお陰で(そのせいで)、公演のダメだしがあまりできませんでしたが(笑)。
で、その本番中に思ったことが、“音響は身体で押す”ってことでした。

音響は(あ、照明もですが)、あくまで物語を盛り上げていく効果としての“音響”なので、舞台の、役者の気持ちの“音”であると僕は思います。なので、その“音”を操作するときは、その役の気持ちで鳴らさなければ、と思います。舞台は時間の流れですが、ただ単に「ここの場面にきたから押す」などということではなく、役者の気持ちがここまで高まったから、音のボタンを押す、ってことだと思ったのです。音響もその気持ちになって、“気持ちで”音響ボタンを身体で、押すことが大事だと思います。

これはとある役者に聞いたのですが、「音響の〇〇さんより、演出の△△さんの方が(演技が)やりやすい」と、つぶやかれたことがあります。きっとそういうことなんだと思います。“気持ち”として近い方が、役者は役に入り込めるんだということですな。

で、こないだの共鳴空間の音響もしていたのですが、そのゲネプロでの話。
僕は音響はパソコンとサンプラー。隣では照明担当のミドリさんが、STEPONEの〇崎さんの指示で四苦八苦中…。そんな中、ある程度うまくなってきた状況で、岡〇さんが言われた一言。
「ミドリちゃん、(照明は)手で押すんじゃないんだよ、“気持ち”で押すんだよ」

名言ですな。僕は隣で「(やっぱそうだよなー、音響も照明もある意味“演者”なんだよな」とか思いつつ、その言葉をうんうんと噛み締めていました。
演劇は総合芸術です。その一端を担って、その言葉の意味の、半分くらいはわかりかけた自分でした。

“音”は、すごいです。で、この話、続きそうです(笑)。

2011年4月11日月曜日

ぼくのかつていた場所

公演おわりました。今はとりあえずのんびりしてます。

今回はソラシードの音響マンとして公演に立会いましたが、1年前はソラシードの演出として、4人でヒーヒーいいながら芝居を作ってたなあと、本番中にしみじみ思っていたりしました。

いろんな理由で僕は、3人で立ち上げたソラシードという劇団(ってかユニットか)を離れました。ちょうど1年前のこの時期に。自分たちで立ち上げた劇団だっただけに、“脱退する”という気持ちは、なかなか複雑なものがありました。でも僕は僕なりの、進みたい方向を向いた結果だと思ったので今では後悔はしてません。

でもやっぱり人が減るというのは、いろいろと弊害を生みます。ソラシードはメンバーが半分になったことで、稽古的にも、作業的にも、金銭的にもかなりの負担を強いてしまう心苦しさはありました。実際僕が練習に参加した時には、以前なら僕がしていただろう事(スケジュール管理や決定権)が、役者の二人に回っているのをもどかしく見ていました。でも、今回はどうやら劇団風斜の演出さんに出会えたみたいで、詳細を聞いたときは内心ホッとしたものでした。

ソラはふたりになりましたが、また新しい出会いがあったようです。僕も劇団から離れて、また新しい出会いがたくさんありました。僕らが進んだ道は違いましたが、その先でまた新しい地平はあるものなんだなと、思いました。そしていくら離れてもやっぱり仲間なんだなと、つくづく感じた今回の公演でした。

2011年3月27日日曜日

その名はゴーシュ ~ルーツその2~の続き

とうとう前後編になってしまいました(笑)

さて、練習を重ねた館劇団も、どうにか本番を向かえます。気合を入れ集中して、僕は“ゴーシュ”になります。物語の冒頭、借金取りに囲まれ、僕は土下座し、自暴自棄になり家族を捨ててゴーシュは去ってゆきます。実際、本番で役に入り込み過ぎ、舞台から去ったあとの舞台袖で、本当に自殺しそうな気持ちになって泣きそうになりました(笑)。

そんなこんなで、こどもの館での本番は終了します。いつもならここで終了なのですが、今回は一日あけて(といっても、その空いた日も現場の下見)、淡路花博会場での公演が控えています。
で、それこそ館劇団一大ツアー♪観光バスを二台(三台?)借り切っての移動。なんだかちょっとした修学旅行でした(笑)。
「淡路花博なんていかないだろなー」なんて思ってたのに、まさかの花博です。実際、出演者総勢50名の大作になっていましたので、上層部もちょっとピリピリしたもありましたな。
現地はそこそこの人並み。しかも館劇団は“野外移動劇”なので、各場面の舞台を確認し、演技エリアの確保をしなければなりませんでした。
真夏の淡路島は暑く蒸してはいましたが、ときおり吹いてくる海からの風が、僕らの熱を調節してくれていました。

そして淡路公演の日、僕らは朝から乗り込み、昨日確認した通りにリハ、ゲネを重ねてゆきます。本番は確か15時か16時から。まだ明るいときからなので、お客さんも最初はお客さんもまばらです。
ただでさえ知らない場所でほとんどぶっつけ本番の舞台だったのですが、僕らは集中し、そして本番は始まりました。
冒頭の歌の場面が終わり、僕らゴーシュ一家の場面です。そこで僕はちょっと奇妙な体験をするのです。

ゴーシュ一家の場面の後半、借金取りたちに踏み込まれゴーシュさんは土下座して謝ります。そして借金取りたちが引き上げていくとき、その中のひとり(ヒロ)が、土下座している僕の頭を小突いていったのです。
それはその時だけの小さなアドリブだったのですが、その瞬間、僕は役を(というか自分を)忘れて、本当にみじめな気持ちになり、周りのことは何も気になりませんでした。僕は瞬間、本当に“ゴーシュ”でした。
あの瞬間、本当に「もうだめだ」と思い、本当に「死んでしまおう」と思いました。そしてゴーシュは宮沢賢治の“春と修羅・序”の詩を詠いあげます。詠いながら僕は、澄み渡った空を見上げて「なんて綺麗な空なんだろう」と虚しく儚く思っていました…。

それからのことは実はよく覚えていません。ただ最初はまばらだったお客さんも途中から増え始め、最終の場面ではかなりの人数で、終わったとき少しびっくりしたと思います。終わった時は日も落ち、暗い中でも撤収やら搬送やらでもうヘトヘトでしたが、最後に如月さんが言った「今回はね、ミスキャストはないのよ。みんな適材適所で素晴しい芝居だった」との言葉に、すべて報われた気持ちでした。


今でもあの夏のことを思い出します。僕が今でも芝居を続けているのも、あの夏があったからだと思います。僕がたまに役者をするときは、あの“ゴーシュ”が僕を見ているのです。だけど僕は、あのゴーシュ以上の演技を、あれからできていません。どうしてもあのゴーシュを越えることはないんです。
あのゴーシュが見たあの青空。あの空が、僕の心には、ずっとあるのです。

2011年3月17日木曜日

その名はゴーシュ ~ルーツその2~

はてさて、懲りもせず今回も“ルーツシリーズ”です。

今回のは、僕の演劇の、いや、僕の人生のターニングポイントになったといっても過言ではない、第10回こどもの館劇団発表会“暁のグスコーブドリ大作戦”について、書きたいと思います。

以前から何度も書いてますが、毎年夏休みに県下の中高生を対象とした演劇ワークショップが、こどもの館で今も続いています。僕が参加したのは今から12年前、館劇団の8年目。如月小春の指導のもと、まさか自分が“演じる側”にまわるとは思わず、しかし今まで体験したどんな世界よりも楽しく、そのひと夏でハマってしまいました。
そして、その翌年。参加2年目。
それこそ当時の僕にとってその年は(プライベートで)すさまじい事件があった年で、それこそ20キロ近く激ヤセして向かえた夏でした。ですが…この年の、このワークショップがあったからこそ僕は、演劇を続けていられて、今、ここにいられるのだと思います。そんな、夏でした。えへへ。

夏休みが始まると同時に、こどもの館劇団のワークショップも始まります。僕は体調を整えながら、ワークショップに参加しました。柔軟や発声をし、如月さんの脚本に沿って(確か上がりは遅かったような…)進んでゆく濃密な日々…多分、去年と同じ夏のように、過ぎてゆくはずでした。
ですがその年は、館劇団の10周年ということと、淡路で花博があり、その設計者がこどもの館と同じ安藤忠雄さんの「花博会場で、そこでも演劇をして欲しい」との呼びかけで、館劇団はじまって以来の“旅公演”があった年でした。(もともと館劇団は“野外移動劇”なのです)

今年の題材は宮沢賢治の「グスコーブドリの伝記」をベースに、その数十年後のイーハトーヴの現状を、一人の高校生とその妹たちを通して、“生きる”ということの意味を見つけてゆく物語です。そして登場人物はすべて宮沢賢治の作品群の名前で占められています。
まずは役決め。当時、館劇団では役きめは“くじ引き”で決めていました。で、大人の男性陣の枠は三つ。当時、大人の男優は(確か)5人。でもうち二人は、如月さんご指定の役を与えられているので、僕を含め三人がくじ引きです。役柄は、1・大家族のお父さん、2・旅芸人一座の座長、3・脱サラ農家の貧乏お父さん、の三役でした。で、こどもたちの配役も決まりいよいよおじさんたちの番。僕は最後に残ったくじ。三人同時に開けると僕の紙には、「26・ゴーシュ」と書かれていました。
実のところ、1の豪快お父さんも、2の芸人座長もガラではなかったので、消去法で貧乏お父さんかなと、思っていたので、内心ホッとしたことは確かです。

それからというもの練習は熱を帯び、こどもの館では各場面ごと、各グループごとにいろんな場所で練習をしてゆきます。僕のゴーシュ一家は冒頭部分、物語の発端となる事件の場面です。
脱サラして念願の農家を始めたものの、不作が続き借金を重ねて両親は自殺に追い込まれる、そんな場面でした。「自分自身、実家の借金で大変なのになー」などと、精神的にも追い込まれながら練習を終えてホールに戻ると、そこには旅芸人たちが練習していて、「俺らはホントに自殺しそうなのに、なんでこんなに楽しそうなんだろう…」と、演劇の矛盾さに悲しくなったりもしました(笑)。

そんなこんなででも夏は短く、アッというまに過ぎてゆき、そして本番を迎えます。ゴーシュ一家で冒頭で自殺してしまう両親は、もう出番がなくなるため、如月さんは別に“研究員”という役も振っていただきました。そしてこどもの館、本番です。その日も当たり前に暑く、そして晴れ渡った夏でした。

かなり書いてしまいました。この続きは“続き”に書きますね(笑)。

2011年3月14日月曜日

わすれない

おおきな地震がありました。
これは現実かと、目を疑うほどの衝撃でした。
ずっとテレビを見ていたら、不安と悲しみに押しつぶされそうになりました。
だけど、テレビを消してしまうのは、なんだか目をそらそうとしているみたいで、ずっと受け止めているしか、ありませんでした。

なにもできない。自分の無力さを悔やむ。

僕はぼくの、できることをしよう。
誰かのために、祈ろう。
明日のために、笑おう。

僕も、この気持ちを、絶対にわすれない。

2011年3月8日火曜日

分断されゆく世界

もう三月ですな。
たしか去年の今頃は、「熱海殺人事件」の公演終えて共鳴空間、ダイズハハタケノマメの客演の頃、でしたかな…しかしあまりに激しく駆け抜けた一年だったので、本当にアッという間でした。(閑話休題)

さて、最近は(とはいえここ十数年)、世の中のスピードが速くなってきたといわれます。高速道路や高速鉄道、携帯電話やインターネット。僕らをとりまく環境は便利さを求めて、より速く、より複雑になってきたようです。それはそれで良い悪いは関係なく仕方のないことだと思います。僕らの少年時代、それが夢であり理想でしたから…。でも、便利さを求めた結果、“情報過多”になったことは周知の事実だと思います。(この“情報過多”の話はまたの機会にします)
それはそれとして…現代人とて人間です。個人の情報処理能力なんてたかが知れてます。
で、何が言いたいのかというと…

僕はある日、ニュースを見ていました。確か彼氏が付き合っていた彼女とその姉を刃物で刺して逃走…そんな内容だったと思います。その時僕は、「あ、恋愛のもつれだな」とか「あ、こいつキレてやったな」と、ニュースをものすごく端的に、断定的に判断している自分に気づきました。
よくよく考えてみると、“恋愛のもつれ”という言葉だけで片付く事件などないんです。事件を起こした加害者も、素直に相手のことが好きだったからかもしれませんし、相手の言葉も悪かったのかもしれません。本当のことなんて、本当は何も知らないんです。

僕はそのとき、“端的に答えを出すことの怖さ”を、感じました。簡単に結論づけて、“情報”を“処理”しようとしている自分がいることに気づいたんです。
ニュースだから仕方のないことかも知れませんが、だからといって僕は、物事はそんな簡単じゃないだろうと思いだしたんです。
でもそんなコトいっても、いちいち目の前で起こることに深く考えることなんてできません。イメージや先入観で決めつけていることなんてしょっちゅうでしょう。“先生は偉い”“ヤンキーはバカ”“前科者が悪い”“演劇は貧乏”(ぁこれは当たってるか)など、意外に自分でもレッテル的に決めてしまっていることのなんと多いことか。
でも、もしそんなイメージがちょっとでも違えば、意外性がでて楽しいと思うのです。きっとそれが“ドラマティック”なんだと思うのです。そのためには「深く考える」ことだと思うんです。
(気持ちに少しの余裕があれば、ですが)ほんの少し深く考えられれば、物事を簡単に結論づけてしまうこともなく、気持ちを切り捨てることも少なくなるのかな、なんて思ったりします。

支離滅裂な話になってしましましたが、たぶん他の言葉だと、“多角的に見る”とか“察し”とか“思いやり”とか“優しさ”とかなのかもしれないですね。

一方向だけの見方はファッショで、画一的で硬い。(あくまで僕のイメージです)
そして僕は、「みんなちがって、みんないい」が、大好きなのです。

2011年3月5日土曜日

ここに立ちつづける理由は

あちゃ、もう三月じゃねーか。
ってなわけで、共鳴空間さんの音響を終えて現在はソラシードの音響マンです。

あ、告知がてらですが…

ソラシード第5回公演(で、いいのかな)
「今度ハ愛妻家」(“は”が“ハ”になってるのは、察してね。Web対策なもので)

場所:神戸北野「シアターポシェット」

日時:2011年19日18:30~/20日13:00~、17:30~

今回は音響としてのソラシード参加です。共鳴さんの本番終わりで駆けつけたのですが、今回は選曲も含めた音響なのでなかなかのプレッシャーです(笑)。
僕は未熟者なので(横着者ともいう)、先週の練習中に決めていきます。よくいえば芝居の雰囲気と演出プランを感じながら直感で決めていきます。「あちゃ違った!」と思うことはしょっちゅう。どんどん候補曲を変えていきます(って書くと格好はいいですが意外に地味な作業)。
今回は僕は演出ではないので、演出の方の意向に沿ってるのか不安に思いつつ、しかし自分の感覚を信じて音を出していきます。

まだまだ決定ではないので、これからの練習は整えていくことかな。お芝居はなかなか面白くて切ない感じなので、よければ♪

2011年2月14日月曜日

いつかぼくの歌が

ってなわけで、らいんなっぷは数日の命(笑)。
ま、そんな大したものではないのでね♪記憶に留めつつちょっとだけ楽しみになれれば。

つーことで、僕の古巣、共鳴空間の公演「わたしのかぞく」終了いたしました!!
音響という立場でしたが、自分なりにも楽しめ、音響のスキルもアップし、いろんな人とのつながりも再確認できた濃密で楽しすぎる三日間でした♪
本番は二日で二回の公演にもかかわらず立ち見まででるくらいの盛況ぶり…ほんと信じられない光景でした。僕は今回の動員数は、きっと去年の公演(“凪の刻”)がよかったからだろうと思います。一度観た公演の楽しさを、お客さんが口コミで伝える…そして次の公演に結びつく。きっと過去7回の公演の蓄積&賜物だと、おもいます。本当にいい劇団になったね~♪

それこそ今回(ある意味毎回)、いろいろあったけど今回ほどスタンダードでウェルメイドな作品はなかったかも、です。“日常の中の非日常”といいますか、なかなか秀逸な物語だったなと思います。書き上げたフジワラさん、アイデアを出し合ったみんなの賜物ですなー。

かつて「共鳴には愛がない」と言い放ち劇団を去った僕でしたが、残ったみんなで探して出した答えが、きっと今回の動員数と、帰ってゆくお客さんの笑顔なんだろうね。確かに、共鳴は今、愛があるよ。

一瞬でいいから、幸せな舞台がしたい、と思う。今回は二回の公演だったけども、二回とも幸せな空間だったなと思うもの。
正直羨ましく思えた今回の舞台でした。

2011年2月2日水曜日

音楽は疾風のように

気がつけば2月。一ヶ月、いろいろとしてたらもう2月でした(笑)。
いやぁ、ちょこちょこブログは書いてますが、何せ途中で落ちちゃって…自動保存機能に頼って、書きかけの項目が増えてくのなんのって。

で、最近はフリーの立場に目をつけられ…あ、いや、自分から劇団のスタッフワークを買って出てます。主に音響。意外とぞんざいに扱われていそうな感のある「音響」。僕は大好きです。
これは僕の(芝居の)作り方によるのですが、ラジオとか聴いてるときに「あ、いい曲だな」と思うより先に、舞台の場面が思い浮かぶときがあるのです。そんなシーンを戯曲に反映させるし、そうやって作った場面もあります。
舞台なんぞをしてると(まあ映画でもそうなんですが)音楽で心情を、かなり効果的に盛り上げることができます。なので演出をする僕にとっては、音楽は演出プランのひとつなのです。

んで、今月は“共鳴空間”の音響、来月は神戸“ソラシード”の音響があります(どちらも旗揚げに関わった劇団だし(笑))。
先日の土日には共鳴空間さんの練習に合流して、音響のヒッティング(音楽と芝居とをあわせるという僕の造語です)にいってきました。
今回はS.E.(効果音)があるということで、ソラシードのタッチにサンプラーを借りてマスターしました。実はこのサンプラー、一年前の熱海殺人事件で初使用しましたが、サンプリング(録音)などは任せてました。
で、今回はちとマスターするべってことで取説ダウンロードしたりサイト見たりで、マスターしました。
いやすごい、かなり便利♪実際コレ、便利すぎてカセットの時代とかに、効果音とBGMとかの分担とかどうしてたんだってくらい便利でした。しかも今の時代、携帯の音源まで取り込めたりできるからすごいね(結局サンプラーと音源をつなぐコードの問題)。
いろいろすばやく取り込めてかなり楽しんでやってます。

というわけでいろいろ音響部分にもこだわってるので、時間があれば…。

2011年1月3日月曜日

あいさつ、として

あけましておめでとうございます。昨年はいろいろとお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

と、時事的あいさつはこれくらいにしてと。

「世の中変わる」と、細木さんは言いますが、その細木さんに言わせると僕は大殺界らしいです(笑)。
ま、そんなことは気にしないで、突き進んでいきたいとおもいます。
去年お世話になった方々、お世話した方々、よろしくお願いいたしますよ(脅迫)。お手伝い&観客お願いですよぉ!?

ひとまずは、たつのの舞台です。僕にとって久々新作です。こうご期待!