さて、年末です。しかし数日経って年が変わろうが、自分にさほどの変化はないと思うのですが、それでも一年です。
思えばこの一年、自分にとって(芝居的に)喧騒と友好に満ちた一年でした。
始めは1月。去年から稽古していたソラシード「熱海殺人事件」の本番。それに伴い劇団を脱退。
劇団をやめてフリーになると客演の依頼が来るくる(笑)。
2月に古巣、共鳴空間、3月にはダイズハハタケノマメの本番。そして春からはたまたま見学にいったたつののわくわくプロジェクトのコンテンポラリーダンスに参加。その間にはマメで知り合った自主制作映画に参加することに。
7月のコンテンポラリー本番を経て、8月には自主映画の撮影。それと並行してこどもの館のビデオ撮影。
秋には自主映画のアフレコや、たつのの舞台「駅」の手伝い。えすぷろの練習見学や本番を見て、12月にはこどもの館20周年を祝う劇に出演。クリスマスには天狼星計画の手伝いで終わりました。
ほんとにこの一年、色んな芝居の現場に行かせてもらえて、しかも快く受け入れてくださり感謝です。
この一年でかなりの人と知り合いになれたことが、本当に財産です。そういえばこの間の天狼星の本番のときにカジさんが「プロジェクトF以外の現場に必ずいる人」と、いってもらえました(笑)。
僕はどんな現場でもいろんなことが自分の肥やしだと思うので、呼んでもらえれば行きたいと思ってます。と、同時に自分でも動いていかないとね。まずはたつのから。
と、いうわけで今年はお世話さまでした。来年もよろしくです!
姫路で新劇団「天空旅団」主宰&演出 演劇を始め、果ては表現にいたるまで、様々に(時に身勝手に)語っていこうと思いながら描く、日記(ブログ)というよりは(極個人的)演劇的エッセイ(ちなみに劇団員鋭意募集中です!)
2010年12月23日木曜日
コタツと芝居と体育館 ~ルーツ その1~
人が、何かしらのアクションを起こすのには、“きっかけ”があります。
僕の演劇生活にも、確かにきっかけがありました…(遠い目)。そして、最近(ってかこの一年)、新しく知り合った人たちに「(お芝居を始めた)きっかけってなんですか?」という質問をよくされるので、この際、僕のルーツを書いてみようと。まあ、箸にも棒にもかからない話なんで、興味がなければ飛ばしちゃってください(笑)。
今から遡ること30年前(…30年前!)、僕は田舎の小学生でした。確か、3年生だったと思います。(とすると9歳か?)
うちの田舎には当時、“青年団”なるものがありまして…、そしてそこを卒業したOBの兄さん方と、ウチの親父とか芝居好きな人たちが集まって、「いっちょ、芝居の公演でもするべ!」と、なったそうです(詳細は知りませんが)。
で、当時の兄さん方が選んだ演目は「夕鶴」。古典です。ある意味、日本のシェークスピアです(笑)。それはさておき…。
当時の僕の田舎はさほど娯楽もなく、町をあげてのイベント“ふるさと祭り”にもかなりの人が集まっていました。そして当時の兄さん方は、有志を募って、そのふるさと祭りに公演を打とうと考えたわけです。
で、その演目が「夕鶴」でした。つまり“鶴の恩返し”ですな。日本人なら馴染みの深い(←偏見)、このお話を、青年団OBたちは作っていくわけです。公演場所は、ふるさと祭り会場に近い小学校体育館。そう、その小学校が僕の母校です。
“鶴の恩返し”を読んだことのある人ならわかりますが、人間になった鶴(つう)に、仲良くなるのが、村の子供たち…。そうです、僕の初舞台は村の子供たちでした。
その公演の音響をしていた親父の流れで、出演を依頼され(とはいっても半ば強引でしたが)、近所の幼馴染たちを誘い、芝居の練習に参加したのです。
最初の本読みから立ち稽古に至るまで、芝居の出来上がっていく経過を見てゆく毎日。それはそれは、まだ9歳の子供には、とても非日常で非現実的で、とても魅力的な時間でした。
そのふるさと祭り本番が近づく1週間ほど前には、公演場所の体育館で、照明の仕込みや場当たり、大道具の仕込みなどが、平日の夜から始まっています。その合間をぬって役者陣が舞台で稽古…。で、僕が驚いたのが、母校の体育館の片隅に“コタツ”が出現したことでした。
自分たちが昼間、ドッチボールとかしている空間に“コタツ”があって、いつも寒かった稽古の休憩時間が暖かい…それはそれは、わずか9歳の小学生にとって芝居よりも非現実でした(笑)。
そのコタツは体育館の一画を陣取り、役者の待ち時間やスタッフの作業場として活躍していました。僕は子供なりに、コタツで作業しているスタッフのシルエット越しに見る照明があたった舞台が、とても懐かしく、しかし鮮明に今でも覚えています。
あの時、芝居に関わっていなければ、多分ここまで演劇にハマっていなかっただろうと思います。あの“妙な熱に満ちた”異世界を覚えているから、多分僕は今もこの世界にいるんだと思います。やっぱり原体験って、あるんですね…。
で、僕のルーツは前回(ルーツ1.5)に続くわけです(順番は前後しましたが)。次は僕の人生を変えた出会いを書いてみようかな(多分年明け)。
僕の演劇生活にも、確かにきっかけがありました…(遠い目)。そして、最近(ってかこの一年)、新しく知り合った人たちに「(お芝居を始めた)きっかけってなんですか?」という質問をよくされるので、この際、僕のルーツを書いてみようと。まあ、箸にも棒にもかからない話なんで、興味がなければ飛ばしちゃってください(笑)。
今から遡ること30年前(…30年前!)、僕は田舎の小学生でした。確か、3年生だったと思います。(とすると9歳か?)
うちの田舎には当時、“青年団”なるものがありまして…、そしてそこを卒業したOBの兄さん方と、ウチの親父とか芝居好きな人たちが集まって、「いっちょ、芝居の公演でもするべ!」と、なったそうです(詳細は知りませんが)。
で、当時の兄さん方が選んだ演目は「夕鶴」。古典です。ある意味、日本のシェークスピアです(笑)。それはさておき…。
当時の僕の田舎はさほど娯楽もなく、町をあげてのイベント“ふるさと祭り”にもかなりの人が集まっていました。そして当時の兄さん方は、有志を募って、そのふるさと祭りに公演を打とうと考えたわけです。
で、その演目が「夕鶴」でした。つまり“鶴の恩返し”ですな。日本人なら馴染みの深い(←偏見)、このお話を、青年団OBたちは作っていくわけです。公演場所は、ふるさと祭り会場に近い小学校体育館。そう、その小学校が僕の母校です。
“鶴の恩返し”を読んだことのある人ならわかりますが、人間になった鶴(つう)に、仲良くなるのが、村の子供たち…。そうです、僕の初舞台は村の子供たちでした。
その公演の音響をしていた親父の流れで、出演を依頼され(とはいっても半ば強引でしたが)、近所の幼馴染たちを誘い、芝居の練習に参加したのです。
最初の本読みから立ち稽古に至るまで、芝居の出来上がっていく経過を見てゆく毎日。それはそれは、まだ9歳の子供には、とても非日常で非現実的で、とても魅力的な時間でした。
そのふるさと祭り本番が近づく1週間ほど前には、公演場所の体育館で、照明の仕込みや場当たり、大道具の仕込みなどが、平日の夜から始まっています。その合間をぬって役者陣が舞台で稽古…。で、僕が驚いたのが、母校の体育館の片隅に“コタツ”が出現したことでした。
自分たちが昼間、ドッチボールとかしている空間に“コタツ”があって、いつも寒かった稽古の休憩時間が暖かい…それはそれは、わずか9歳の小学生にとって芝居よりも非現実でした(笑)。
そのコタツは体育館の一画を陣取り、役者の待ち時間やスタッフの作業場として活躍していました。僕は子供なりに、コタツで作業しているスタッフのシルエット越しに見る照明があたった舞台が、とても懐かしく、しかし鮮明に今でも覚えています。
あの時、芝居に関わっていなければ、多分ここまで演劇にハマっていなかっただろうと思います。あの“妙な熱に満ちた”異世界を覚えているから、多分僕は今もこの世界にいるんだと思います。やっぱり原体験って、あるんですね…。
で、僕のルーツは前回(ルーツ1.5)に続くわけです(順番は前後しましたが)。次は僕の人生を変えた出会いを書いてみようかな(多分年明け)。
2010年12月13日月曜日
時の堆積と流れ ~ルーツ1.5~
さて、ひさかたぶりの更新です。
昨日は以前インフォメーションした「こどもの館卒業生等発表会」の本番でした。これは今年、20周年を迎えた、こどもの館劇団を祝うイベントで、朗読劇をしました。いろいろ懐かしかったので、今回はこどもの館に行きだしたきっかけを、書こうと思います。
概略は、兵庫県立こどもの館が出来たときに、設計者の安藤忠雄さんが「この建物の色んな箇所で、演劇などできないか」と、劇作家の如月小春さんに提案したのがきっかけで、20年前、県下の中高生を集めて、野外移動劇をしたのが始まりです。
それが20年。なんかすごいことです。そういえばある意味、僕の半生です(笑)。
僕が参加したのは12年前。館劇団が8年目の時です。その時の演目は「時の花」。あのミヒャエル・エンデの「モモ」を下敷きにした演劇でした。
そういえば、その中高生の夏休みを利用するこどもの館劇団の数ヶ月前に「演劇指導者養成講座(現・演劇ボランティア養成講座)」という講座に、往復はがきで申し込んだのが、その後の、僕の人生を変える第一歩になろうとは、少しも思いませんでした。
その講座に初めて参加した僕は、右も左もわからずに如月さんの講座を受けました。
誰も知り合いのいない場所。「ちゃんとした講義の場所」…そう僕は思っていました。でもその中で、やかた劇団のOGの子の本読みを聞いた時、その上手さに僕は驚いてしまったのです。
今ならもう、当たり前のように思うかも知れません。ですがその時の僕は「おー!本物の俳優さんだぁ…」と、感動すら覚えていました。
それからはもう夢のような日々でした(笑)。もともと、芝居は“観るもの”で、まさか自分が演じるなんてとてもとても…と思っていた僕が、夏休みのこどもの館劇団に、僕も参加したいです!と、如月さんに直訴したくらいですから(笑)。たぶん、その一歩が、今の自分を作っていったんだと、今思います。
昨日も、当時如月さんや大人たちが利用していた楽屋に、久しぶりに入って、当時を懐かしんでいました。一緒にいた仲間も、「ここに灰皿があったよね」とか、「ここでこうしてたね」とかの話が飛び交ってました。そんな話を聞きながら、僕は12年前と同じ気持ちで、幸せな気分でみんなを眺めていました。それは、とてもとても、幸せな時間でした…。
これからも、あのコンクリートの建物は、あの山奥に建ち続けるでしょう。僕を演劇の世界へ引きずりこんだ空間は、きっと忘れずに、あの場所にあるはずです。きっとあの暑さと、熱風と、蝉の鳴き声と、あの夕焼けは、ずっとあのままです。確かに、もう戻らないけれど。
こどもの館は、僕の“ホーム”です。そして次回は、そのホーム2年目に起こった、僕の転機を書こうと思います。でわ。
昨日は以前インフォメーションした「こどもの館卒業生等発表会」の本番でした。これは今年、20周年を迎えた、こどもの館劇団を祝うイベントで、朗読劇をしました。いろいろ懐かしかったので、今回はこどもの館に行きだしたきっかけを、書こうと思います。
概略は、兵庫県立こどもの館が出来たときに、設計者の安藤忠雄さんが「この建物の色んな箇所で、演劇などできないか」と、劇作家の如月小春さんに提案したのがきっかけで、20年前、県下の中高生を集めて、野外移動劇をしたのが始まりです。
それが20年。なんかすごいことです。そういえばある意味、僕の半生です(笑)。
僕が参加したのは12年前。館劇団が8年目の時です。その時の演目は「時の花」。あのミヒャエル・エンデの「モモ」を下敷きにした演劇でした。
そういえば、その中高生の夏休みを利用するこどもの館劇団の数ヶ月前に「演劇指導者養成講座(現・演劇ボランティア養成講座)」という講座に、往復はがきで申し込んだのが、その後の、僕の人生を変える第一歩になろうとは、少しも思いませんでした。
その講座に初めて参加した僕は、右も左もわからずに如月さんの講座を受けました。
誰も知り合いのいない場所。「ちゃんとした講義の場所」…そう僕は思っていました。でもその中で、やかた劇団のOGの子の本読みを聞いた時、その上手さに僕は驚いてしまったのです。
今ならもう、当たり前のように思うかも知れません。ですがその時の僕は「おー!本物の俳優さんだぁ…」と、感動すら覚えていました。
それからはもう夢のような日々でした(笑)。もともと、芝居は“観るもの”で、まさか自分が演じるなんてとてもとても…と思っていた僕が、夏休みのこどもの館劇団に、僕も参加したいです!と、如月さんに直訴したくらいですから(笑)。たぶん、その一歩が、今の自分を作っていったんだと、今思います。
昨日も、当時如月さんや大人たちが利用していた楽屋に、久しぶりに入って、当時を懐かしんでいました。一緒にいた仲間も、「ここに灰皿があったよね」とか、「ここでこうしてたね」とかの話が飛び交ってました。そんな話を聞きながら、僕は12年前と同じ気持ちで、幸せな気分でみんなを眺めていました。それは、とてもとても、幸せな時間でした…。
これからも、あのコンクリートの建物は、あの山奥に建ち続けるでしょう。僕を演劇の世界へ引きずりこんだ空間は、きっと忘れずに、あの場所にあるはずです。きっとあの暑さと、熱風と、蝉の鳴き声と、あの夕焼けは、ずっとあのままです。確かに、もう戻らないけれど。
こどもの館は、僕の“ホーム”です。そして次回は、そのホーム2年目に起こった、僕の転機を書こうと思います。でわ。
2010年11月22日月曜日
枯れ葉の坂を登れば
いろいろなことが落ち着いて、日曜日に空きが出来だしたので、今日はこどもの館に行ってきました。
ボクのホームのひとつ、こどもの館のワークショップは今年で20周年を迎えています。
そして今、そこではこどもの館劇団大人祭り(笑)の練習が続いています。まあ、以前中高生だった子たちが大人になって、もともと大人の参加者と一緒に20周年を祝おうって企画です。
で、そこでの練習…最初にダンスを見せてもらってほっこり♪あとは朗読を中心に練習していましたが、その朗読部分が、ボクの演劇の転機となった「暁のグスコーブドリ大作戦」の中の、ボクの演じた役の部分でした。
練習しているみんなのセリフを聞いてると、ああ、確かにこのセリフ覚えてたなぁ、必死だったなぁ…と、がむしゃらに演劇に体当たりしてた時を思い出して、ほんのちょっと、涙ぐむようでした。
(この時期のコトは、ボクにとって転機で、大切な思い出でもあります。なかなか長編なので詳しくはまた別の機会にしますが、とにかくあの時、この作品と配役、そして仲間に出会ってなければ、今のボクはなかったと思います)
そんな様々なことを思い出しながらボクは、幸せな気分で、みんなの練習を見ていたりするのです。そして、練習期間があと一日くらいしかないのに、ちょっとだけ出たい、なんか言っちゃうのです。うーん、館マジック(笑)。
なので、また告知します。
ボクのホームのひとつ、こどもの館のワークショップは今年で20周年を迎えています。
そして今、そこではこどもの館劇団大人祭り(笑)の練習が続いています。まあ、以前中高生だった子たちが大人になって、もともと大人の参加者と一緒に20周年を祝おうって企画です。
で、そこでの練習…最初にダンスを見せてもらってほっこり♪あとは朗読を中心に練習していましたが、その朗読部分が、ボクの演劇の転機となった「暁のグスコーブドリ大作戦」の中の、ボクの演じた役の部分でした。
練習しているみんなのセリフを聞いてると、ああ、確かにこのセリフ覚えてたなぁ、必死だったなぁ…と、がむしゃらに演劇に体当たりしてた時を思い出して、ほんのちょっと、涙ぐむようでした。
(この時期のコトは、ボクにとって転機で、大切な思い出でもあります。なかなか長編なので詳しくはまた別の機会にしますが、とにかくあの時、この作品と配役、そして仲間に出会ってなければ、今のボクはなかったと思います)
そんな様々なことを思い出しながらボクは、幸せな気分で、みんなの練習を見ていたりするのです。そして、練習期間があと一日くらいしかないのに、ちょっとだけ出たい、なんか言っちゃうのです。うーん、館マジック(笑)。
なので、また告知します。
2010年11月11日木曜日
演劇の、チャクラ。
久方ぶりです。
いま…そう、演劇的に何もしてない今、私の“演劇のチャクラ”はゆっくりとした回転をしてます。夏までは、かなり早く回っていたんですがね。
はい、演劇のチャクラとはなんぞや!?って話なんですが、まず“チャクラ”ですが、ヒンズー教やら仏教やらの、「身体の(中心線上にある)、人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光っているように感じられる箇所」です。詳しいことは調べてください。
で、本当に個人的な意見ですが、僕のイメージの上で多分、首の後ろ(後頭部、延髄)あたりに丸い輪っかみたいなのを感じています(あくまで個人的イメージですよぉ)。しかも宗教でもないです。
あくまで僕のイメージですから、さほど気にする必要はないんですが(結局はやる気の話なので)、要するに“演劇的モチベーション”の度合いってことですかね。
で、夏の自主映画が終了したあと、少しの間のんびりしてたらもう、日常にどっぷり浸かってしまってましたな。それはそれで楽しいので、この秋は気づけばあっという間に過ぎてました(笑)。
いろいろ模索しながらほとんど動いていない現状に戸惑いつつ、日々過ごしてました…。
こんなならたつのの公演、参加しときゃよかったかな…と後悔しそうになりそうな自分をなんとか鼓舞し、わくわくプロジェクトの練習に見学やら行ってましたなぁ…。
なんにしても今の現状では自分の“チャクラ”はゆっくりなんだな。わくわくに参加して少しづつは回ってきてる感はあるけども。
これは“焦り”か?
そういやここ数年、いろんなところに顔出してたから、脱退してひとりになってるからなのかも知れない。結局は寂しいのか!?(笑)。ま、分析してもあまり意味はないけれども。
何にせよ、動かないと答えは出ないよね。
いま…そう、演劇的に何もしてない今、私の“演劇のチャクラ”はゆっくりとした回転をしてます。夏までは、かなり早く回っていたんですがね。
はい、演劇のチャクラとはなんぞや!?って話なんですが、まず“チャクラ”ですが、ヒンズー教やら仏教やらの、「身体の(中心線上にある)、人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光っているように感じられる箇所」です。詳しいことは調べてください。
で、本当に個人的な意見ですが、僕のイメージの上で多分、首の後ろ(後頭部、延髄)あたりに丸い輪っかみたいなのを感じています(あくまで個人的イメージですよぉ)。しかも宗教でもないです。
あくまで僕のイメージですから、さほど気にする必要はないんですが(結局はやる気の話なので)、要するに“演劇的モチベーション”の度合いってことですかね。
で、夏の自主映画が終了したあと、少しの間のんびりしてたらもう、日常にどっぷり浸かってしまってましたな。それはそれで楽しいので、この秋は気づけばあっという間に過ぎてました(笑)。
いろいろ模索しながらほとんど動いていない現状に戸惑いつつ、日々過ごしてました…。
こんなならたつのの公演、参加しときゃよかったかな…と後悔しそうになりそうな自分をなんとか鼓舞し、わくわくプロジェクトの練習に見学やら行ってましたなぁ…。
なんにしても今の現状では自分の“チャクラ”はゆっくりなんだな。わくわくに参加して少しづつは回ってきてる感はあるけども。
これは“焦り”か?
そういやここ数年、いろんなところに顔出してたから、脱退してひとりになってるからなのかも知れない。結局は寂しいのか!?(笑)。ま、分析してもあまり意味はないけれども。
何にせよ、動かないと答えは出ないよね。
2010年9月23日木曜日
演じること、伝えたいこと。そのに。
ご無沙汰してます。長かった夏もようやく終わり、そろそろ秋ですな。
この項目も、以前に書いたものながら、続くなどいいつつ考えがまとまるまで放置しておりました。
で、「そのに」です。
以前僕は、「なぜ、表現するのか?」の問いに、「誰かとつながりたいから」と書きました。とりあえずは今のところ、そこが到達地点です。
「つながる」ということはいわば“心の共感”だと思っています。あ、身体的ではありません、念のため。(ま、身体的につながることも、ある意味重要なことではありますが、それはまた別の機会に)
例えば、自分の考えが誰かと同じだったとき、なんだか嬉しくなったことないですか?。「ああ、自分と同じ想いの人がいてくれた」と感じることで、ホッとすることなかったですか?そんなとき、普段感じていた“漠然とした孤独感”は和らぎます。「世界でひとりじゃない」という想いは、人を前向きにさせてくれます。
自分の“考え”や“想い”や“なんだかわからない衝動”やら、そんな気持ちを絵や音楽やダンスや演劇に乗せて、見ている人たちに伝えようとする行為が、“表現”だと思うのです。たとえそれがある人には伝わらなくとも、他の人はわかってくれるかもしれない、そしてその人がある種の“共感”を感じてくれたなら、きっとそれは幸せなことなんじゃないかと思います。でも…。
でも、ひとは、つながることはできないと、僕は思っています。(「今、つながると言ったじゃないか」と思われるかもしれませんが、“つながれる”という意味ではないです。ここからはあえて、誤解を覚悟で書きます)
やはり、ひとはひとりです。もともと孤独な生き物だと思います。たとえ恋人同士でも、今まで生きてきた人生やら性格やらを、全て理解できるなんて嘘です。だってお互い“個人”なんですから。
ひとは、「(完全には)わかりあうことができない」のです。僕は基本的にそうです。「人はわかりあえる」なんて理想です。
でもだからこそ、ひとは“誰かとつながろう”とするんじゃないかと、思うのです。たとえ一瞬でも、見ているお客さんと“想い”を共有することができたなら、それはとても幸せなことなんじゃないかと、思うのです。人と人はわかりあえない。でもわかりあおうと努力することは、大切なことだと。
だから僕たちは、今日も表現することを、続けられるのだと思います。
まだ見ぬ、どこかの誰かに向かって、この“想い”を発信してゆく。たったひとりの“誰か”に向けて。
それが他でもないあなたなら、どんなに素敵なこと、なんでしょうね。
この項目も、以前に書いたものながら、続くなどいいつつ考えがまとまるまで放置しておりました。
で、「そのに」です。
以前僕は、「なぜ、表現するのか?」の問いに、「誰かとつながりたいから」と書きました。とりあえずは今のところ、そこが到達地点です。
「つながる」ということはいわば“心の共感”だと思っています。あ、身体的ではありません、念のため。(ま、身体的につながることも、ある意味重要なことではありますが、それはまた別の機会に)
例えば、自分の考えが誰かと同じだったとき、なんだか嬉しくなったことないですか?。「ああ、自分と同じ想いの人がいてくれた」と感じることで、ホッとすることなかったですか?そんなとき、普段感じていた“漠然とした孤独感”は和らぎます。「世界でひとりじゃない」という想いは、人を前向きにさせてくれます。
自分の“考え”や“想い”や“なんだかわからない衝動”やら、そんな気持ちを絵や音楽やダンスや演劇に乗せて、見ている人たちに伝えようとする行為が、“表現”だと思うのです。たとえそれがある人には伝わらなくとも、他の人はわかってくれるかもしれない、そしてその人がある種の“共感”を感じてくれたなら、きっとそれは幸せなことなんじゃないかと思います。でも…。
でも、ひとは、つながることはできないと、僕は思っています。(「今、つながると言ったじゃないか」と思われるかもしれませんが、“つながれる”という意味ではないです。ここからはあえて、誤解を覚悟で書きます)
やはり、ひとはひとりです。もともと孤独な生き物だと思います。たとえ恋人同士でも、今まで生きてきた人生やら性格やらを、全て理解できるなんて嘘です。だってお互い“個人”なんですから。
ひとは、「(完全には)わかりあうことができない」のです。僕は基本的にそうです。「人はわかりあえる」なんて理想です。
でもだからこそ、ひとは“誰かとつながろう”とするんじゃないかと、思うのです。たとえ一瞬でも、見ているお客さんと“想い”を共有することができたなら、それはとても幸せなことなんじゃないかと、思うのです。人と人はわかりあえない。でもわかりあおうと努力することは、大切なことだと。
だから僕たちは、今日も表現することを、続けられるのだと思います。
まだ見ぬ、どこかの誰かに向かって、この“想い”を発信してゆく。たったひとりの“誰か”に向けて。
それが他でもないあなたなら、どんなに素敵なこと、なんでしょうね。
2010年8月31日火曜日
ラスト・サマー
関係各位さま、誠にお疲れさまでございました。
五月から、というかマメの公演からのお付き合いになりましたし、このブログでもたびたび報告してました自主制作映画の撮影が、すべてクランクアップしましたぁ!!
なかなかの長丁場(といっても、数ヶ月ですが)、僕にとって良い経験でした。自分自身、経験のない役柄(ヤクザの親分)や、色んな分野の若い人たちとも知り合いになれたのも、かなりの収穫だったと思います。
昨日は話のストーリー的には、最終場面。僕は、主人公たちに立ちはだかる壁として、登場します。当初の予定より変更になった場所での撮影でしたが、場所が場所だけに、なかなか思うように撮影が進みませんでした。ネタバレになるので詳しくは書きませんが(っつっても完成しても見れませんが)、撮影してるときは、車の方々にかなり見られながらの撮影でした(笑)。
普段の舞台とは違って、映画はカットごとのスケジュールなので、最後の撮影は昼間撮影したよりも以前の場面の撮影でした。ま、端的にいうと私が頭から血を流す場面(!)。
アスファルトに寝転び、血のりを流して撮影…のつもりが、テイク2で血のりが右目に入ってしまい、かなりの激痛…(時間との戦いだったので)みんなに言わずに撮影しましたが、(もし見る機会があれば)やられた僕の“痛みの演技”は、“右目の痛み”だと思って見てください(笑)。
撮影終了は、主役のみんなは感無量だったらしく、みんな泣いてました。僕はというと、終わったという開放感だけで涙は出ませんでしたが、役者スタッフともども、みんな抱き合って、長い夏の終わりを、惜しみつつ喜んでるようでした。
今からは、編集やアフレコ、音響などの作業を経て、年末(?)の「ぴあフィルムフェスティバル」へのエントリーをして、終了になります。僕としてもそれで終了(欲を言えば受賞)、となって欲しい限りです。が…。
つまり…ブログで報告自体はしてきましたが、表立って作品は公開(つまり上映)しませんからね!?個人的にも動いてる自分を見たくないので、貸すこともしないと思います。なので、みなさんは想像で楽しんでくださいませ(どうやってだ!?)。とはいえ、完成は冬だと思うのでみんなの記憶から消えてる頃だというのを期待しています(笑)。
さあ…僕が「ソラシード」という、自分たちが立上げた劇団を辞めてから半年…「演出」ではなく、「役者」として“共鳴空間”、“ダイズハハタケノマメ”、“わくわくプロジェクト”、“自主映画”と、今までにないかなりの客演率を誇りましたが(笑)、きっとこれからは、僕の番です。
姫路で新しい“劇団”を作るために、動きます。もし…もしも、このブログをみて「新しい劇団で、芝居をしてみたい」と思う方がいれば、連絡なり、コメントなりくださいませ。気負いなく、楽しくお芝居、しようじゃないですか♪
詳しくはまた、書きますが、結局は演劇でもなんでもいいんだと思います。楽しくて、繋がれば。
きっと映画で涙を流したみんなは、そんな“つながり”を確認したから、泣いたんだと思うのです。そして、それが最後だと感じたからだと…。
でも、それでも明日はやってきます。やってくる明日に少しでも、“向かう力”をくれるような芝居を作りたいと、いつも思っています。
僕はこれから、劇団を立ち上げます。それに少しでも賛同してもらえるならこんなに嬉しいことはありません。動くなら今です。
連絡、待ってます。
五月から、というかマメの公演からのお付き合いになりましたし、このブログでもたびたび報告してました自主制作映画の撮影が、すべてクランクアップしましたぁ!!
なかなかの長丁場(といっても、数ヶ月ですが)、僕にとって良い経験でした。自分自身、経験のない役柄(ヤクザの親分)や、色んな分野の若い人たちとも知り合いになれたのも、かなりの収穫だったと思います。
昨日は話のストーリー的には、最終場面。僕は、主人公たちに立ちはだかる壁として、登場します。当初の予定より変更になった場所での撮影でしたが、場所が場所だけに、なかなか思うように撮影が進みませんでした。ネタバレになるので詳しくは書きませんが(っつっても完成しても見れませんが)、撮影してるときは、車の方々にかなり見られながらの撮影でした(笑)。
普段の舞台とは違って、映画はカットごとのスケジュールなので、最後の撮影は昼間撮影したよりも以前の場面の撮影でした。ま、端的にいうと私が頭から血を流す場面(!)。
アスファルトに寝転び、血のりを流して撮影…のつもりが、テイク2で血のりが右目に入ってしまい、かなりの激痛…(時間との戦いだったので)みんなに言わずに撮影しましたが、(もし見る機会があれば)やられた僕の“痛みの演技”は、“右目の痛み”だと思って見てください(笑)。
撮影終了は、主役のみんなは感無量だったらしく、みんな泣いてました。僕はというと、終わったという開放感だけで涙は出ませんでしたが、役者スタッフともども、みんな抱き合って、長い夏の終わりを、惜しみつつ喜んでるようでした。
今からは、編集やアフレコ、音響などの作業を経て、年末(?)の「ぴあフィルムフェスティバル」へのエントリーをして、終了になります。僕としてもそれで終了(欲を言えば受賞)、となって欲しい限りです。が…。
つまり…ブログで報告自体はしてきましたが、表立って作品は公開(つまり上映)しませんからね!?個人的にも動いてる自分を見たくないので、貸すこともしないと思います。なので、みなさんは想像で楽しんでくださいませ(どうやってだ!?)。とはいえ、完成は冬だと思うのでみんなの記憶から消えてる頃だというのを期待しています(笑)。
さあ…僕が「ソラシード」という、自分たちが立上げた劇団を辞めてから半年…「演出」ではなく、「役者」として“共鳴空間”、“ダイズハハタケノマメ”、“わくわくプロジェクト”、“自主映画”と、今までにないかなりの客演率を誇りましたが(笑)、きっとこれからは、僕の番です。
姫路で新しい“劇団”を作るために、動きます。もし…もしも、このブログをみて「新しい劇団で、芝居をしてみたい」と思う方がいれば、連絡なり、コメントなりくださいませ。気負いなく、楽しくお芝居、しようじゃないですか♪
詳しくはまた、書きますが、結局は演劇でもなんでもいいんだと思います。楽しくて、繋がれば。
きっと映画で涙を流したみんなは、そんな“つながり”を確認したから、泣いたんだと思うのです。そして、それが最後だと感じたからだと…。
でも、それでも明日はやってきます。やってくる明日に少しでも、“向かう力”をくれるような芝居を作りたいと、いつも思っています。
僕はこれから、劇団を立ち上げます。それに少しでも賛同してもらえるならこんなに嬉しいことはありません。動くなら今です。
連絡、待ってます。
2010年8月16日月曜日
真夏のコンクリート
久方ぶりの更新です。猛暑がつづきますな。
昨日の日曜日、僕は「こどもの館」へ行ってまいりました。
こどもの館では、毎年、夏休みの20日間、中高生対象の演劇ワークショップを開催しています。(そういえば今年で20年目になります)そうです、ここは僕の、演劇のルーツのひとつです。
中高生対象ではありますが、大人な方たちも一緒に参加できるわけで、姫路近隣からいろんな世代の人たちが参加し、お芝居を作っています。
僕は、ひょんなことから12年前、このワークショップに参加するのですが、そのいきさつはまた別の機会にするとして、今はそのお芝居作りの記録映像を撮る形で、参加しています。
今年の演目は「ア・リ・ス!?」そう、「不思議の国のアリス」をモチーフに、様々なチームが「なくしたもの」を探しにいく、というストーリー(?)です。
その練習風景をビデオカメラ越しに見ていると、ほんとに無邪気な中学生やら楽しそうな高校生やら、大人たちの笑顔が目に入ってきます。それはそれは、本当に年齢や性別関係なく、一生懸命に自分たちのシーンを作ってる必死な姿が、そこにありました。
僕は今年は、あまり練習にいけませんでした。ですが、練習場所の多目的室に入った途端、かわらない仲間たちと、独特のあの雰囲気に、一年間の時間は吹き飛びました。いつ来てもここは、僕を受け入れてくれるんだなぁ。そんな場所、めったにないぞと思いながら、僕は必死なみんなを、微笑ましく見ているのです。
この週末ですが、時間のある方はぜひ。
こどもの館劇団演劇発表会
平成22年8月21(土)~22(日)
14:00~15:30公演
入場無料
一見、意味がわからない感はあるかもしれませんが、僕としてはかなり文学的ですよ。
昨日の日曜日、僕は「こどもの館」へ行ってまいりました。
こどもの館では、毎年、夏休みの20日間、中高生対象の演劇ワークショップを開催しています。(そういえば今年で20年目になります)そうです、ここは僕の、演劇のルーツのひとつです。
中高生対象ではありますが、大人な方たちも一緒に参加できるわけで、姫路近隣からいろんな世代の人たちが参加し、お芝居を作っています。
僕は、ひょんなことから12年前、このワークショップに参加するのですが、そのいきさつはまた別の機会にするとして、今はそのお芝居作りの記録映像を撮る形で、参加しています。
今年の演目は「ア・リ・ス!?」そう、「不思議の国のアリス」をモチーフに、様々なチームが「なくしたもの」を探しにいく、というストーリー(?)です。
その練習風景をビデオカメラ越しに見ていると、ほんとに無邪気な中学生やら楽しそうな高校生やら、大人たちの笑顔が目に入ってきます。それはそれは、本当に年齢や性別関係なく、一生懸命に自分たちのシーンを作ってる必死な姿が、そこにありました。
僕は今年は、あまり練習にいけませんでした。ですが、練習場所の多目的室に入った途端、かわらない仲間たちと、独特のあの雰囲気に、一年間の時間は吹き飛びました。いつ来てもここは、僕を受け入れてくれるんだなぁ。そんな場所、めったにないぞと思いながら、僕は必死なみんなを、微笑ましく見ているのです。
この週末ですが、時間のある方はぜひ。
こどもの館劇団演劇発表会
平成22年8月21(土)~22(日)
14:00~15:30公演
入場無料
一見、意味がわからない感はあるかもしれませんが、僕としてはかなり文学的ですよ。
2010年7月27日火曜日
その足元にはいつもスタートライン
暑い日がつづきますな。
そう、暑い、と言えば思い出したコトがありまして。
先日、(といってもちょっと前)に、客演したコンテンポラリーダンス公演の打ち上げでの事でした。
こんな活動について、演出のれいこ先生が一言、「そうなんよなー、龍野にもいろんなアートな活動、どんどん広めていきたいんやけどなぁ。どうしたら広まるかなぁ…?」と言ってました。
それは、僕も、ずっと考えてきたことでもありました。
アートを、なるべく多く、色んな人に知ってもらい、少しでも多くの人に心豊かになってもらいたい。そのためにはどうしたらいいのか。僕も、(演劇だけに限らず)考えてきたことでした。
方法論として、例えば、気に入った写真をいつもの倍以上の大きさに引き伸ばして、部屋に飾る。素敵じゃないですか♪自分の詩を書道で書いてみる、とか。
小さなことはそんなトコから。あとは、“訳がわからないかもしれないダンスの公演”にでかけてみる、とかです(笑)。
そんな中、公演が終了して数日後、僕はその発信源、“僕たちは、どうしたらもっと「アート」な活動を伝えられるか”という問題に、ふと、答えが出たように思ったのです。
それは、“走り続けること”だと、思ったのです。
お芝居に感動や憧れを持った瞬間って、あったでしょう?それはある意味、“リレーのバトン”です。あなたがそのお芝居のある場面、ある瞬間、そのバトンは渡されていたのです。少なくとも僕は、様々な場面で芝居に感動し、自分も、してみようと思ったのです。だから、僕たちは今も、芝居を続けてる。
地方で、細々と芝居を続けてるくらいじゃ、そんな多くの人たちを感動させることはできないと思います。でも、ずっと真摯に続けていれば、誰かにはきっと伝わるはず。そのために芝居を、表現することを続けてるのだと、思うのです。
地道な努力かもしれないですが、自分が楽しんで続けることさえできれば、それはきっと誰かには、伝わると、僕は信じています。本当に地道な努力です。でも、本当にちゃんと伝えるためには、そんな方法しかないように、僕は思えてくるんです。
それは、ある意味、“表現する意味”の一側面だと思います。
昔、僕たちが感動し、憧れた“あの瞬間”を、今度は僕らが、“見知らぬ誰か”に、渡すときなのです。ある意味、順番かも知れません。昔、自分たちが感動したように、今度は自分が、観に来てくれた人に、何かしらの感動を与える番だと、思ったのです。
「休まず、続ける」。言葉では簡単ですが、なかなかできないことだと思います。今年、自分の劇団を脱退した僕には、きっと今からです。がんばんなきゃね。
少しづつでも、面白いものを。
そう、暑い、と言えば思い出したコトがありまして。
先日、(といってもちょっと前)に、客演したコンテンポラリーダンス公演の打ち上げでの事でした。
こんな活動について、演出のれいこ先生が一言、「そうなんよなー、龍野にもいろんなアートな活動、どんどん広めていきたいんやけどなぁ。どうしたら広まるかなぁ…?」と言ってました。
それは、僕も、ずっと考えてきたことでもありました。
アートを、なるべく多く、色んな人に知ってもらい、少しでも多くの人に心豊かになってもらいたい。そのためにはどうしたらいいのか。僕も、(演劇だけに限らず)考えてきたことでした。
方法論として、例えば、気に入った写真をいつもの倍以上の大きさに引き伸ばして、部屋に飾る。素敵じゃないですか♪自分の詩を書道で書いてみる、とか。
小さなことはそんなトコから。あとは、“訳がわからないかもしれないダンスの公演”にでかけてみる、とかです(笑)。
そんな中、公演が終了して数日後、僕はその発信源、“僕たちは、どうしたらもっと「アート」な活動を伝えられるか”という問題に、ふと、答えが出たように思ったのです。
それは、“走り続けること”だと、思ったのです。
お芝居に感動や憧れを持った瞬間って、あったでしょう?それはある意味、“リレーのバトン”です。あなたがそのお芝居のある場面、ある瞬間、そのバトンは渡されていたのです。少なくとも僕は、様々な場面で芝居に感動し、自分も、してみようと思ったのです。だから、僕たちは今も、芝居を続けてる。
地方で、細々と芝居を続けてるくらいじゃ、そんな多くの人たちを感動させることはできないと思います。でも、ずっと真摯に続けていれば、誰かにはきっと伝わるはず。そのために芝居を、表現することを続けてるのだと、思うのです。
地道な努力かもしれないですが、自分が楽しんで続けることさえできれば、それはきっと誰かには、伝わると、僕は信じています。本当に地道な努力です。でも、本当にちゃんと伝えるためには、そんな方法しかないように、僕は思えてくるんです。
それは、ある意味、“表現する意味”の一側面だと思います。
昔、僕たちが感動し、憧れた“あの瞬間”を、今度は僕らが、“見知らぬ誰か”に、渡すときなのです。ある意味、順番かも知れません。昔、自分たちが感動したように、今度は自分が、観に来てくれた人に、何かしらの感動を与える番だと、思ったのです。
「休まず、続ける」。言葉では簡単ですが、なかなかできないことだと思います。今年、自分の劇団を脱退した僕には、きっと今からです。がんばんなきゃね。
少しづつでも、面白いものを。
2010年7月15日木曜日
シネマ・トライアル
なかなか梅雨明けのしない七月ですな。
日曜日、自主制作映画のリハーサル(二回目)でした。なかなかの雨の中、練習場所の市川町まで行ってきました。
まあ、芝居の出来は、まあとりあえずアレでしたが、今回は一番の人の集まりでした。
そりゃあまあ、いろんな方面から集まるものですなぁ。劇団関係だと市川町の劇団から加西の劇団まで、けっこういるものです。
で、そんな総勢16名ほどの人たちに見られつつ、読み合わせ&リハーサル開始。中には高校生の劇団員とかいたりして、なかなかの緊張感でした。
リハーサルは初めての方もいたので最初から。なんとなく話の全体像が見えてきたりします。で、演技したりするわけですが、これまた僕のシーン。ま、濡れ場ではないですが、かなり乱暴なシーンなんです。前回やったので今日は無しかな?と思ってたらやるとのこと…。
まあ、いいですけどね。やりますよ?役者ですもの。…ってなわけで、高校生やら二十歳そこそこの女子大生やらが見てる前で、リハーサルです(笑)。
こうなったら、ある意味開き直りです(^^;)。内心、「うりゃあ、高校生、見とけやぁ!これが演技じゃあ!!」的な思いで、リハーサルしてきました(でも、“リハーサル”なんだよね)。
でも実は最初(前回)、なかなか、相手役の女の子にボディタッチさえ、できませんでした。(そりゃそうです、いくら僕でもいきなり胸なんて揉めませんって!)
演技とはわかっていても、いきなりそのシーンですから、いきなり女の子をいたぶるシーンなわけです。なのでいきなり集中していきなり襲うわけです(いきなりが多いな)。
はっきりいって照れます(笑)。慣れるまでが大変でした。でもある程度慣れると、相手役の女の子を“女の子”と意識しなくなりました。集中かもしれません。責任かもしれません。慣れてきたのかもしれませんが、でも、練習はやっぱり必要だと感じましたよ。
そんなこんなで、“意識力”と“イメージ力”を身をもって痛感しながら、僕ともう一人の共演者は、別の劇団の練習に見学にいきましたのです。
しかし、映像の世界もなかなか面白いものです。自主制作映画といえど、“表現のメディア”ではあるので、かなり興味は沸いています。僕自身も、映像畑の出身なので、それこそ自分で撮りたい衝動にかられてはいます。誰か、僕に映画撮らせてみませんか?(笑)。
リハーサルも無事終了。あとは8月、撮影本番です。
日曜日、自主制作映画のリハーサル(二回目)でした。なかなかの雨の中、練習場所の市川町まで行ってきました。
まあ、芝居の出来は、まあとりあえずアレでしたが、今回は一番の人の集まりでした。
そりゃあまあ、いろんな方面から集まるものですなぁ。劇団関係だと市川町の劇団から加西の劇団まで、けっこういるものです。
で、そんな総勢16名ほどの人たちに見られつつ、読み合わせ&リハーサル開始。中には高校生の劇団員とかいたりして、なかなかの緊張感でした。
リハーサルは初めての方もいたので最初から。なんとなく話の全体像が見えてきたりします。で、演技したりするわけですが、これまた僕のシーン。ま、濡れ場ではないですが、かなり乱暴なシーンなんです。前回やったので今日は無しかな?と思ってたらやるとのこと…。
まあ、いいですけどね。やりますよ?役者ですもの。…ってなわけで、高校生やら二十歳そこそこの女子大生やらが見てる前で、リハーサルです(笑)。
こうなったら、ある意味開き直りです(^^;)。内心、「うりゃあ、高校生、見とけやぁ!これが演技じゃあ!!」的な思いで、リハーサルしてきました(でも、“リハーサル”なんだよね)。
でも実は最初(前回)、なかなか、相手役の女の子にボディタッチさえ、できませんでした。(そりゃそうです、いくら僕でもいきなり胸なんて揉めませんって!)
演技とはわかっていても、いきなりそのシーンですから、いきなり女の子をいたぶるシーンなわけです。なのでいきなり集中していきなり襲うわけです(いきなりが多いな)。
はっきりいって照れます(笑)。慣れるまでが大変でした。でもある程度慣れると、相手役の女の子を“女の子”と意識しなくなりました。集中かもしれません。責任かもしれません。慣れてきたのかもしれませんが、でも、練習はやっぱり必要だと感じましたよ。
そんなこんなで、“意識力”と“イメージ力”を身をもって痛感しながら、僕ともう一人の共演者は、別の劇団の練習に見学にいきましたのです。
しかし、映像の世界もなかなか面白いものです。自主制作映画といえど、“表現のメディア”ではあるので、かなり興味は沸いています。僕自身も、映像畑の出身なので、それこそ自分で撮りたい衝動にかられてはいます。誰か、僕に映画撮らせてみませんか?(笑)。
リハーサルも無事終了。あとは8月、撮影本番です。
2010年7月7日水曜日
体躯、踊る身体。そのに。
さて、一日あけて、覚えてるうちに、“そのに”です。
僕は前回、“運動する身体”は動けるのだと書きました。多少、言葉足らずな感も否めないので、少し補足説明を。
僕が言う“動ける身体”とは、“運動する身体”です(“運動できる身体”といえばわかりやすいかも)。
僕たちは、“お芝居”をします。お芝居は、役者が自分の“声”や、“身体”や、“気持ちの動き”を使って、その意図を、見ているお客さんに伝える活動です。なので、多少なりとも動くことができる役者は、踊ることができるといえます。
それこそ始めは不慣れでも、回数を重ねるごとに上手くなってゆくはずです。回数を重ねるごとに、余裕が生まれ、“じゃ次はもうちょっと大きく”とか、“今度は早くやってみよう”とかの課題(向上心?)ができ、次の段階へシフトしてゆくはずです(ってか、当たり前のコトではあるんだけど意外と見落とすんだよね)。
で、次は“運動する身体”を持たなかった身体の話です。
演劇は多様です。それこそ高校、大学の“演劇部”は無数にあります。僕は「演劇部」は二通りあると思っています。すなわち“体育会系演劇部”と、“文科系演劇部”とです。あなたはどちらでしたか?
“体育会系演劇部”はとにかく走ります(笑)。実際、知り合いに聞いたら本当に走ってました。それは身体表現を前提としてるからだと思います。身体を鍛えて、表現に生かすためです。アングラな匂いがしなくもないです。
反対に“文化部系演劇部”です。ここはとにかく議論します(嘘です。話の都合上、ふたつに分けただけであって根拠はないです。あくまで僕のイメージです)。ま、文化部系ですから、内容を重視です。新劇な感じ、といえば怒られるかな?(あくまで個人的イメージですよぉ)
で、文化部系の演劇部出身の人とお芝居をした経験があるんですが、何せ踊りにくい。リズムに合わせて動きにくい。フリを理解できにくい。ということがありました。
僕はそれが不思議でなりませんでした。練習時のお芝居はうまいのですが、多少なりとも踊ろうという気持ちに、身体がついていかない感が、その人にはありました。いえ、そもそも自分が“踊っている”というコトが、今ひとつイメージできていないようでした。
これには様々な要因があって、一概に“こうだから、こうなんだ”という断定はできません。まあ、確かに今まで、ほとんどダンスや踊り(一緒か)とは遠い位置にいたのですから、どう動いていいのか、そもそもどう動くのか、といったイメージがないのです。
そう、“動けない”要因のひとつは“イメージ力の欠如”です。
たとえばテレビなどで、V〇とか、SM〇Pとか、E〇ILEとかが踊っているシーンを見て、“かっこいいなー、自分もあれだけ踊れたらなー”と、思って、ひとり自分の部屋で真似て踊ってみた記憶はありませんか?僕はあります(笑)。でもそんなものです。
しかし、それ(EXI〇EやSMA〇)を自分に置き換えるイメージ力がなければ、踊っている自分さえ、イメージできないわけです。
僕は数ヶ月前から、ジャズダンス教室に通ってます。内心、本当にオドオドでしたが、へたくそなりに踊ってみるとなんとかついていけるものです。それこそ昨日は、鏡越しに、自分の踊っている姿を(ある程度、納得して)見ることができました。数ヶ月踊ってきた賜物だと思います。
僕はその時、“初心者をイメージするより、プロをイメージして踊ってみよう”と、思考をチェンジした瞬間でした。
“想い”で世界は変わるものです。案外、簡単に。
イメージで、昨日は踊れなかったあなたも、踊れるかも知れませんよ♪
僕は前回、“運動する身体”は動けるのだと書きました。多少、言葉足らずな感も否めないので、少し補足説明を。
僕が言う“動ける身体”とは、“運動する身体”です(“運動できる身体”といえばわかりやすいかも)。
僕たちは、“お芝居”をします。お芝居は、役者が自分の“声”や、“身体”や、“気持ちの動き”を使って、その意図を、見ているお客さんに伝える活動です。なので、多少なりとも動くことができる役者は、踊ることができるといえます。
それこそ始めは不慣れでも、回数を重ねるごとに上手くなってゆくはずです。回数を重ねるごとに、余裕が生まれ、“じゃ次はもうちょっと大きく”とか、“今度は早くやってみよう”とかの課題(向上心?)ができ、次の段階へシフトしてゆくはずです(ってか、当たり前のコトではあるんだけど意外と見落とすんだよね)。
で、次は“運動する身体”を持たなかった身体の話です。
演劇は多様です。それこそ高校、大学の“演劇部”は無数にあります。僕は「演劇部」は二通りあると思っています。すなわち“体育会系演劇部”と、“文科系演劇部”とです。あなたはどちらでしたか?
“体育会系演劇部”はとにかく走ります(笑)。実際、知り合いに聞いたら本当に走ってました。それは身体表現を前提としてるからだと思います。身体を鍛えて、表現に生かすためです。アングラな匂いがしなくもないです。
反対に“文化部系演劇部”です。ここはとにかく議論します(嘘です。話の都合上、ふたつに分けただけであって根拠はないです。あくまで僕のイメージです)。ま、文化部系ですから、内容を重視です。新劇な感じ、といえば怒られるかな?(あくまで個人的イメージですよぉ)
で、文化部系の演劇部出身の人とお芝居をした経験があるんですが、何せ踊りにくい。リズムに合わせて動きにくい。フリを理解できにくい。ということがありました。
僕はそれが不思議でなりませんでした。練習時のお芝居はうまいのですが、多少なりとも踊ろうという気持ちに、身体がついていかない感が、その人にはありました。いえ、そもそも自分が“踊っている”というコトが、今ひとつイメージできていないようでした。
これには様々な要因があって、一概に“こうだから、こうなんだ”という断定はできません。まあ、確かに今まで、ほとんどダンスや踊り(一緒か)とは遠い位置にいたのですから、どう動いていいのか、そもそもどう動くのか、といったイメージがないのです。
そう、“動けない”要因のひとつは“イメージ力の欠如”です。
たとえばテレビなどで、V〇とか、SM〇Pとか、E〇ILEとかが踊っているシーンを見て、“かっこいいなー、自分もあれだけ踊れたらなー”と、思って、ひとり自分の部屋で真似て踊ってみた記憶はありませんか?僕はあります(笑)。でもそんなものです。
しかし、それ(EXI〇EやSMA〇)を自分に置き換えるイメージ力がなければ、踊っている自分さえ、イメージできないわけです。
僕は数ヶ月前から、ジャズダンス教室に通ってます。内心、本当にオドオドでしたが、へたくそなりに踊ってみるとなんとかついていけるものです。それこそ昨日は、鏡越しに、自分の踊っている姿を(ある程度、納得して)見ることができました。数ヶ月踊ってきた賜物だと思います。
僕はその時、“初心者をイメージするより、プロをイメージして踊ってみよう”と、思考をチェンジした瞬間でした。
“想い”で世界は変わるものです。案外、簡単に。
イメージで、昨日は踊れなかったあなたも、踊れるかも知れませんよ♪
2010年7月6日火曜日
体躯、踊る身体。
さて…昨日のコンテンポラリーダンスの本番には、予想をうわまわるたくさんのご来場、本当にありがとうございました。客演の僕としても、本当に楽しく、本当に良い経験でありました。
と、いうわけで、今回コンテンポラリーダンスというものを体験&公演したわけですが、僕はそれと同時にジャズダンスの教室に通うようになってたりします。くわしくは“フリースタイルジャスダンス”なのですが、感じとしてはヒップホップ要素のあるストリートダンスって感じでしょうか?(よくはわかってない)。
僕としてはコンテンポラリーもそうでしたが、人前で表現手段として“踊る”というのがなかった、というよりは、自分がダンスなんて…と、ずっと思っていました。ダンス自体嫌いだったわけではありませんが、何せ人前で踊るなんてことは考えもしなかったわけです。
ですが、まあテレビでジ〇二ーズのグループが踊ってたりすると、身体の“キレ”や“動き”に魅入ってたりもしたものです。“歌う”こともそうですが、最近の若い世代(なんて書くと、自分が年寄りみたいで嫌ですが)の人は、“踊る”ってコトにあまり抵抗がないみたいですな。
ってことで、この歳で“踊りだした”自分のなかで、なんとなくわかってきたことを書いてみようと思います。まずは“踊る身体”です。
僕は、世代的には「ダンスしようぜ!」って世代ではなかった(地域柄(田舎)もありますが)のですが、そのかわり“スポーツ”を趣味として習ったり、ストレス発散の手段にしたりが、当たり前のようにありました。例えば野球、バレーボール、剣道に少林寺拳法と、僕の二十代は色々やりました。
そして今、“踊る”ことを覚えた今、発見したことは(あくまでこれは僕個人の演出家としての見方ですが)、“運動する身体”と、“踊る身体”は違う、ということです。
僕は今、ジャズダンス教室に通ってます。そこでは鏡の前で自分の姿を見ながら踊ります。またこれが恥ずかしい(笑)。今まで踊っている自分の姿を見たことないのに、見るわけです。
ま、ですがダンスしてる人たちから見れば当たり前のことなので、そのまま自分の中で恥ずかしがっているだけですが、その自分の“踊っている姿”が、本当にみっともなくて(あくまで自分レベル)、ちょっと照れくさかったりします。それはなぜなのか…。
それは自分の身体が“踊るように”鍛えてなかったからだと気づいたのです。
端的にいうと僕の(今まで作ってきた)身体は、“闘う(闘争する)”身体でした。スポーツの中で競争するための筋肉の使い方と鍛え方をしてきたわけです。
ですが、若いときからダンスをしてきた人の身体はまさに、“踊る身体”ができているわけです。しなやかな、音楽にあわせて“表現する身体”として、作られてきたのです。
なので、そんなルーツの違うふたつの身体が踊ると、さすがに差はでてきます。筋肉、すなわち身体の使い方の違いがそこに現れるのです。それがぎこちなさや不慣れな感じを受ける要因だと思います。
ですが、僕たちは舞台人です。芝居の表現方法の一端として踊らなければならないときもあるでしょう。身体表現としての演劇は大前提なので、ダンスも要素としてあるわけです。
そうなるともう身体の成り立ちをいい訳にはできません。ある意味“闘う身体”であろうと“踊る身体”であろうと、踊るしかないので(笑)、もうそれには“ひたすら踊って自信をつける”しかないのだと思います。大丈夫です、どちらも“運動する身体”なので、踊れるはずです。あとは、(自分は踊れているのだという)“根拠のない自信”だけです。
あとひとつ問題なのが、“運動する身体”を持たなかった、役者の場合です。これは少し悲劇的です。しかし、長くなりそうなので、“そのに”に続きます…。
と、いうわけで、今回コンテンポラリーダンスというものを体験&公演したわけですが、僕はそれと同時にジャズダンスの教室に通うようになってたりします。くわしくは“フリースタイルジャスダンス”なのですが、感じとしてはヒップホップ要素のあるストリートダンスって感じでしょうか?(よくはわかってない)。
僕としてはコンテンポラリーもそうでしたが、人前で表現手段として“踊る”というのがなかった、というよりは、自分がダンスなんて…と、ずっと思っていました。ダンス自体嫌いだったわけではありませんが、何せ人前で踊るなんてことは考えもしなかったわけです。
ですが、まあテレビでジ〇二ーズのグループが踊ってたりすると、身体の“キレ”や“動き”に魅入ってたりもしたものです。“歌う”こともそうですが、最近の若い世代(なんて書くと、自分が年寄りみたいで嫌ですが)の人は、“踊る”ってコトにあまり抵抗がないみたいですな。
ってことで、この歳で“踊りだした”自分のなかで、なんとなくわかってきたことを書いてみようと思います。まずは“踊る身体”です。
僕は、世代的には「ダンスしようぜ!」って世代ではなかった(地域柄(田舎)もありますが)のですが、そのかわり“スポーツ”を趣味として習ったり、ストレス発散の手段にしたりが、当たり前のようにありました。例えば野球、バレーボール、剣道に少林寺拳法と、僕の二十代は色々やりました。
そして今、“踊る”ことを覚えた今、発見したことは(あくまでこれは僕個人の演出家としての見方ですが)、“運動する身体”と、“踊る身体”は違う、ということです。
僕は今、ジャズダンス教室に通ってます。そこでは鏡の前で自分の姿を見ながら踊ります。またこれが恥ずかしい(笑)。今まで踊っている自分の姿を見たことないのに、見るわけです。
ま、ですがダンスしてる人たちから見れば当たり前のことなので、そのまま自分の中で恥ずかしがっているだけですが、その自分の“踊っている姿”が、本当にみっともなくて(あくまで自分レベル)、ちょっと照れくさかったりします。それはなぜなのか…。
それは自分の身体が“踊るように”鍛えてなかったからだと気づいたのです。
端的にいうと僕の(今まで作ってきた)身体は、“闘う(闘争する)”身体でした。スポーツの中で競争するための筋肉の使い方と鍛え方をしてきたわけです。
ですが、若いときからダンスをしてきた人の身体はまさに、“踊る身体”ができているわけです。しなやかな、音楽にあわせて“表現する身体”として、作られてきたのです。
なので、そんなルーツの違うふたつの身体が踊ると、さすがに差はでてきます。筋肉、すなわち身体の使い方の違いがそこに現れるのです。それがぎこちなさや不慣れな感じを受ける要因だと思います。
ですが、僕たちは舞台人です。芝居の表現方法の一端として踊らなければならないときもあるでしょう。身体表現としての演劇は大前提なので、ダンスも要素としてあるわけです。
そうなるともう身体の成り立ちをいい訳にはできません。ある意味“闘う身体”であろうと“踊る身体”であろうと、踊るしかないので(笑)、もうそれには“ひたすら踊って自信をつける”しかないのだと思います。大丈夫です、どちらも“運動する身体”なので、踊れるはずです。あとは、(自分は踊れているのだという)“根拠のない自信”だけです。
あとひとつ問題なのが、“運動する身体”を持たなかった、役者の場合です。これは少し悲劇的です。しかし、長くなりそうなので、“そのに”に続きます…。
2010年7月4日日曜日
公演、終了。
たつので一ヶ月練習していた、コンテンポラリーダンス公演が終了しました。
季節柄気温が高いのと、前日に降った雨のせいで当日はかなりの夏日…。しかも会場は、古民家を改装した土間のある(クーラーのない)空間、お客さんもかなりの暑さの中の公演でした。
しかし、喉元すぎればなんとやらで、終わってしまえば開放感がかなりの割合をしめてます(笑)。後の小打ち上げではなかなかの評価のアンケートや、スタッフや演者の感想に、笑いながら救われていました。
しかし、オーナーの、“(僕の)フリーターのシーンで、うるっときた”発言は嬉しかったなぁ。その一言で、明日も芝居に向かえるってものです。
帰りながら、自分が元いたところより“遠くにきてるなぁ”って感じて、何か感慨深かったです。それは成長なのか、運なのか、人格なのか、拡張なのか、収縮なのかはわかりませんが、僕にとってかなりの収穫だったことは、間違いありませんです。
今は一人で打ち上げ中です。今回の公演に観にきてくださった皆さんと、関わってくれたスタッフに感謝しつつ、乾杯!!!
季節柄気温が高いのと、前日に降った雨のせいで当日はかなりの夏日…。しかも会場は、古民家を改装した土間のある(クーラーのない)空間、お客さんもかなりの暑さの中の公演でした。
しかし、喉元すぎればなんとやらで、終わってしまえば開放感がかなりの割合をしめてます(笑)。後の小打ち上げではなかなかの評価のアンケートや、スタッフや演者の感想に、笑いながら救われていました。
しかし、オーナーの、“(僕の)フリーターのシーンで、うるっときた”発言は嬉しかったなぁ。その一言で、明日も芝居に向かえるってものです。
帰りながら、自分が元いたところより“遠くにきてるなぁ”って感じて、何か感慨深かったです。それは成長なのか、運なのか、人格なのか、拡張なのか、収縮なのかはわかりませんが、僕にとってかなりの収穫だったことは、間違いありませんです。
今は一人で打ち上げ中です。今回の公演に観にきてくださった皆さんと、関わってくれたスタッフに感謝しつつ、乾杯!!!
2010年6月29日火曜日
シネマ・コンプレックス
ひさかたぶりの更新です。
さて、昨日はいつもとは違う、芝居の現場で役者をしてまいりました。というのは「映画」の現場。今回で二回目です。
映画といっても自主制作映画なのですが、ひょんなことから出演依頼がありまして、まあ、未知の世界ものぞいてやろうってことで出演することになりました。
しかし、同じお芝居の世界とはいっても、普段僕が関わっている舞台の世界とはまったくといっていいほど、勝手が違います(まあメディアそのものが違うんですから、当たり前っちゃ当たり前なんですが)。
僕たちは普段、芝居を作るとき、客席側の一方向から演技を見ます。映画はいろんな角度から撮ります。しかもカットバックといって、相対してる表情を別の方向からも撮ります(カメラが二台だとこの方法はしないと思いますが)。
つまり、短時間に同じ演技を、二回以上するのです。最初は慣れるのに時間がかかりました。集中の仕方も違ってきます。面白い世界があるもんだなぁと、半ば感心しながら必死になってます。
で、昨日は夏に撮影する、本番のためのリハーサルだったのですが、僕の役柄は“やくざの兄貴”。
主役の女の子の敵役(?)です。しかも、その女の子をおもちゃにしちゃいます(笑)。
しかし、みんなが見てる前で、女の子襲えないもんですな。リハーサルでよかった。自分のボキャブラリーにない性格を演じるって、なかなか難しいもんです。
とりあえずそんなこんなであと一回、リハーサルしてから本番です。乞うご期待!
さて、昨日はいつもとは違う、芝居の現場で役者をしてまいりました。というのは「映画」の現場。今回で二回目です。
映画といっても自主制作映画なのですが、ひょんなことから出演依頼がありまして、まあ、未知の世界ものぞいてやろうってことで出演することになりました。
しかし、同じお芝居の世界とはいっても、普段僕が関わっている舞台の世界とはまったくといっていいほど、勝手が違います(まあメディアそのものが違うんですから、当たり前っちゃ当たり前なんですが)。
僕たちは普段、芝居を作るとき、客席側の一方向から演技を見ます。映画はいろんな角度から撮ります。しかもカットバックといって、相対してる表情を別の方向からも撮ります(カメラが二台だとこの方法はしないと思いますが)。
つまり、短時間に同じ演技を、二回以上するのです。最初は慣れるのに時間がかかりました。集中の仕方も違ってきます。面白い世界があるもんだなぁと、半ば感心しながら必死になってます。
で、昨日は夏に撮影する、本番のためのリハーサルだったのですが、僕の役柄は“やくざの兄貴”。
主役の女の子の敵役(?)です。しかも、その女の子をおもちゃにしちゃいます(笑)。
しかし、みんなが見てる前で、女の子襲えないもんですな。リハーサルでよかった。自分のボキャブラリーにない性格を演じるって、なかなか難しいもんです。
とりあえずそんなこんなであと一回、リハーサルしてから本番です。乞うご期待!
2010年6月21日月曜日
さよなら。
きっと…こんなタイトルをつけると、彼女は反対するんだろうな…。そんなコトを思いながら。
僕はあまり、ブログにマイナスなコトは書きたくないんですが、まあでも、今日は何かしら記しておきたくて、書いてます。
今日は僕の芝居仲間、「おおたこむぎ」さんのお通夜でした。
突然の訃報…。僕は一瞬、言葉に詰まりました。土曜日の事です。こんな想いは二度としたくないと思いながら、やっぱり二度目も、同じ仲間からの、突然のメールでした。
僕が彼女と初めて出会ったのは、演劇のワークショップの会場でした。恥ずかしがりながらも積極的に参加する姿は、僕に初心を思い出させられたものでした。
そして、その流れで中高生の演劇発表会の練習に参加。しかも、こむぎさんと同じ僕のグループは、コンテンポラリーともいえるダンスのグループでした。
参加日数もおぼつかなく、仲間やリーダーたちには(最初こそ)出演自体、心配された彼女でしたが、本番までにはなんとか追いつき、僕たちと一緒に、美しい‘花’のダンスを踊ったものでした。
あの本番を終えた彼女の、本当に嬉しそうな笑顔が、ずっと忘れられません。
あの本番を終えた彼女の、本当に嬉しそうな笑顔が、ずっと忘れられません。
迷いながらも“演劇”に楽しさを覚えたのか、それからは劇団「共鳴空間」に入り、文字通り‘悩みながら’‘迷いながら’、四回の舞台に、立たれました。
演技としてはただただ、荒削りだと、思います。でも、彼女は本当に、全身で体当たりし、それこそ必死でお芝居をしていました。その姿勢が時折、胸を打つ瞬間があったのを覚えています。
僕が以前行った公演を、彼女が観に来てくれたことがありました。そのパンフレットで僕は「芝居なんて、2~3日の“幻”を作っているんだなぁ…」といった、コメントを書いていました。ですが彼女は数日後、「確かに幻かもしれないけど、ちゃんと心に響く舞台なら、それはその人にとって幻なんかではないです!」というメールを、僕にくれました。そんな事、真正面に書いた本人に言えるのは、あなただけなんですよ…と思いながら、本当に嬉しかったことを、覚えています。
もういなくなった彼女を想うとき、いつも浮かぶのはあの笑顔と、あのハスキーボイス。本当に「子供のように」笑う人でした。本当に可愛い、本当にいい先生でした。
芝居も、公演を重ねるたびどんどん上手になってたのになぁ…。
僕たちが、彼女をお芝居にハマらせた分、僕たちは、彼女のやりたかった分のお芝居をやらなければいけない気がしています。だって、彼女はもっと、お芝居をしたかっただろうから…。
僕はこれからも、お芝居jを続けていこうと思います。
きっとそれは、もっともっと“演劇をしたかった誰かの”分かも、しれないから。
ありがとう。明日からまた僕たちは歩き出します。僕はもう、二度と、演劇から逃げ出しません。
遠くから、見ててください。
2010年6月13日日曜日
雨の日曜日
今日は雨でした。梅雨も近いですな。
本当は今日は、撮影の仕事のはずだったんですが、直前にキャンセルになったらしくぽっかり予定が空きました。で、コンテンポラリーが実際の舞台で練習だったので「そりゃ行かねばなるまい」と、お昼からいそいそと出かけてまいりました。
今回の舞台は龍野市の「アポロスタジオ」。龍野大橋のたもとにある、小さな小屋です。
実は道路を挟んで「ガレリア」というアートな喫茶店とオーナーが同じ(?)みたいです。そのガレリアは外からしか見てないんですが、古い民家を改装してて、なかなかいい感じのアートな空間です。
で、そのアポロスタジオなんですが、これもなかなかどうしていい雰囲気なのです。
入ればまず50個ほどの「学校の椅子」がところ狭しと並べられ、壁には昭和初期のポスター、いたるところに昭和な家電(三枚羽根の扇風機や振り子の柱時計など)が点在してました。
実際の舞台は狭く、映画も上映できるのかスクリーンも設置されているので、かなり小さな舞台なのですが、練習してると慣れてきたのか意外に動けました。本番は狭さを感じさせない舞台にできたらいいな♪演出もボクの好きな演出方法なので、かなり楽しめています。
今回はコンテンポラリーなので、セリフがないのがいい!(ボクはセリフ覚えが悪いのです)。ま、その分、身体と表情で魅せなきゃならないんですけどね。
いろいろやってて、ホント勉強になります。遅れて参加した客演のせいか、若干気後れ気味なのもわかってますが、本番までには感情も入るはず!がんばってあと半月、がんばります。
本当は今日は、撮影の仕事のはずだったんですが、直前にキャンセルになったらしくぽっかり予定が空きました。で、コンテンポラリーが実際の舞台で練習だったので「そりゃ行かねばなるまい」と、お昼からいそいそと出かけてまいりました。
今回の舞台は龍野市の「アポロスタジオ」。龍野大橋のたもとにある、小さな小屋です。
実は道路を挟んで「ガレリア」というアートな喫茶店とオーナーが同じ(?)みたいです。そのガレリアは外からしか見てないんですが、古い民家を改装してて、なかなかいい感じのアートな空間です。
で、そのアポロスタジオなんですが、これもなかなかどうしていい雰囲気なのです。
入ればまず50個ほどの「学校の椅子」がところ狭しと並べられ、壁には昭和初期のポスター、いたるところに昭和な家電(三枚羽根の扇風機や振り子の柱時計など)が点在してました。
実際の舞台は狭く、映画も上映できるのかスクリーンも設置されているので、かなり小さな舞台なのですが、練習してると慣れてきたのか意外に動けました。本番は狭さを感じさせない舞台にできたらいいな♪演出もボクの好きな演出方法なので、かなり楽しめています。
今回はコンテンポラリーなので、セリフがないのがいい!(ボクはセリフ覚えが悪いのです)。ま、その分、身体と表情で魅せなきゃならないんですけどね。
いろいろやってて、ホント勉強になります。遅れて参加した客演のせいか、若干気後れ気味なのもわかってますが、本番までには感情も入るはず!がんばってあと半月、がんばります。
2010年6月11日金曜日
コンテンポラリー、挑戦。
現在、ボクはたつの市の‘わくわくプロジェクト’によるコンテンポラリーダンス公演「rich」に参加してます。
二月に自分の劇団を脱退して、フリーでちょこちょこ知り合いの公演に客演として役者してましたが、その流れで今回の参加になったわけです。
いやぁ、演劇の世界で、しかも西幡で顔見知りになると、ある意味ドミノ倒し的に、知り合いが広がるもんですなぁ…。
で、たつのですわ。もともとダンスなんてものにはことさら縁がない私なんですが、頼まれると断れない性分も災い(!?)して引き受けることになりました。
実際のところ、参加してみると以外と楽しく、‘踊る’というよりかは‘リズムに合わせ演技する’に近い気がします。演出のれいこ先生の意図もだんだん理解でき、楽しくなってきました。結局は理解なんだと思います。苦手なんてないよね。
ってことで、告知です。
〇第一回コンテンポラリー公演 「rich]
日時:2010年7月4日(日)
場所:たつの市「アポロスタジオ」
開演:14:00~ / 18:00~ (開場は30分前) 公演後アフタートーク有り
チケット:前売り1500円 当日1700円(1ドリンク付)
チケット希望の方は、私にメールいただくか、このコメントにお知らせください。
案外、面白いですよ(笑)
二月に自分の劇団を脱退して、フリーでちょこちょこ知り合いの公演に客演として役者してましたが、その流れで今回の参加になったわけです。
いやぁ、演劇の世界で、しかも西幡で顔見知りになると、ある意味ドミノ倒し的に、知り合いが広がるもんですなぁ…。
で、たつのですわ。もともとダンスなんてものにはことさら縁がない私なんですが、頼まれると断れない性分も災い(!?)して引き受けることになりました。
実際のところ、参加してみると以外と楽しく、‘踊る’というよりかは‘リズムに合わせ演技する’に近い気がします。演出のれいこ先生の意図もだんだん理解でき、楽しくなってきました。結局は理解なんだと思います。苦手なんてないよね。
ってことで、告知です。
〇第一回コンテンポラリー公演 「rich]
日時:2010年7月4日(日)
場所:たつの市「アポロスタジオ」
開演:14:00~ / 18:00~ (開場は30分前) 公演後アフタートーク有り
チケット:前売り1500円 当日1700円(1ドリンク付)
チケット希望の方は、私にメールいただくか、このコメントにお知らせください。
案外、面白いですよ(笑)
2010年6月8日火曜日
演じること、伝えたいこと。そのいち。
今日は、「表現」について書いてみようと思います。
あまり、堅苦しい理論は有名な方に譲るとして、ボクが思ってるのは「人はなぜ、表現するのか」です。
表現といっても無数にありますが、絵を描いたり詩を書いたり、歌を歌ったり…それこそ、ブログやネットで世界に発信するのは、どうしてなんだろうと思ってます。
自分が気持ちいいから?確かにそうです。でもそれは自分自身の気持ちです。人前で演じたり、踊ったりして、人に見てもらいたい気持ちというのは、どんな動機、いやどんな欲望なんでしょうね。
ボクが、そんな事を考え始めたのは数年前、真昼間の繁華街を、刃物で人を傷つけながら走った事件からでした。その犯人はネットの書き込みで殺人予告してから、犯行に及んでます。
ボクはそのとき、「なんで予告するんだろう?予告すれば犯行前に捕まえられる可能性だってあるのに…」と思っていました。
ボクはそのネットの予告書き込みも、犯人なりの「表現」なんだろうか、と考えていました。動機はなんにせよ、どこかの世界の、誰かに向けて、犯人は「何か」を伝えたかったんじゃないかと。
事件だけでなく、ボクはお芝居をしています。客席にいる、不特定多数の知らない人たちの前で、演技します。その意味はなんだろう。ボクは何で伝えたいのだろう。
ボクはその疑問を考えてて、やっとひとまずの答えが見つかりました。ボクなりの答えです。
「人はなぜ、表現するのか?」
それは“人と、つながりたいから”だと、ボクは思ってます。
この話、‘そのに’に続きます。
あまり、堅苦しい理論は有名な方に譲るとして、ボクが思ってるのは「人はなぜ、表現するのか」です。
表現といっても無数にありますが、絵を描いたり詩を書いたり、歌を歌ったり…それこそ、ブログやネットで世界に発信するのは、どうしてなんだろうと思ってます。
自分が気持ちいいから?確かにそうです。でもそれは自分自身の気持ちです。人前で演じたり、踊ったりして、人に見てもらいたい気持ちというのは、どんな動機、いやどんな欲望なんでしょうね。
ボクが、そんな事を考え始めたのは数年前、真昼間の繁華街を、刃物で人を傷つけながら走った事件からでした。その犯人はネットの書き込みで殺人予告してから、犯行に及んでます。
ボクはそのとき、「なんで予告するんだろう?予告すれば犯行前に捕まえられる可能性だってあるのに…」と思っていました。
ボクはそのネットの予告書き込みも、犯人なりの「表現」なんだろうか、と考えていました。動機はなんにせよ、どこかの世界の、誰かに向けて、犯人は「何か」を伝えたかったんじゃないかと。
事件だけでなく、ボクはお芝居をしています。客席にいる、不特定多数の知らない人たちの前で、演技します。その意味はなんだろう。ボクは何で伝えたいのだろう。
ボクはその疑問を考えてて、やっとひとまずの答えが見つかりました。ボクなりの答えです。
「人はなぜ、表現するのか?」
それは“人と、つながりたいから”だと、ボクは思ってます。
この話、‘そのに’に続きます。
2010年6月6日日曜日
タイトル、由来他。
今日二つめは、ブログタイトルをお話したりしますけども。
ブログ自体は3年前にしてました。それこそ同じタイトルで。
もうそのそのときは、誰にも言えないような“極私的恋愛ブログ”でした(笑)。まぁ、「日記」といえば、
日記だったのかもしれないですけどもさー。
僕は、「タイトル」なんてものは「音」、だと思っています。響きともいうかな。
(ちなみに日本語は「音」の文化です。これはまた別の機会に)
語呂や響きで、(その芝居の)内容や雰囲気を伝えるのが「タイトル」の仕事だと思っています。
で、このブログのタイトル「nakedbluesがきこえる」です。
実は、このタイトルは自分の芝居のために思いついたタイトルのひとつです。(ええ、僕はタイトル先行なタイプでして)
その中で、ちょっと脚本にしにくいタイトルが、この「nakedbluesがきこえる」でした(笑)。
直訳でnakedbluesは「裸のブルース」。素の自分が奏でるブルースが、あなたにも聴こえたら…と、思ってこのタイトルにしてます(大げさ!?)。
なんせかっこつけな俺ですから。ちょっとキザですが、以降、よろしくです。
ブログ自体は3年前にしてました。それこそ同じタイトルで。
もうそのそのときは、誰にも言えないような“極私的恋愛ブログ”でした(笑)。まぁ、「日記」といえば、
日記だったのかもしれないですけどもさー。
僕は、「タイトル」なんてものは「音」、だと思っています。響きともいうかな。
(ちなみに日本語は「音」の文化です。これはまた別の機会に)
語呂や響きで、(その芝居の)内容や雰囲気を伝えるのが「タイトル」の仕事だと思っています。
で、このブログのタイトル「nakedbluesがきこえる」です。
実は、このタイトルは自分の芝居のために思いついたタイトルのひとつです。(ええ、僕はタイトル先行なタイプでして)
その中で、ちょっと脚本にしにくいタイトルが、この「nakedbluesがきこえる」でした(笑)。
直訳でnakedbluesは「裸のブルース」。素の自分が奏でるブルースが、あなたにも聴こえたら…と、思ってこのタイトルにしてます(大げさ!?)。
なんせかっこつけな俺ですから。ちょっとキザですが、以降、よろしくです。
生と死、その物語。
今日はのんびりとした日曜日でした。
で、夕方から同じ隣保内のお通夜に出席。近所の、そして遠い親戚にあたるおじいさん(享年90歳)でした。小さい頃には、同い年の夕子ちゃんとよく遊びにつれていってくれたおじいさんでした。
そのおじいさんのお通夜に参列しながら、なんとなく「生と死」を考えていました。
生まれて、遊んで、恋やセックスを覚え、成長し、老い、衰え、死んでゆく…。人には人それぞれの生き方と、選択肢が用意されていて、がむしゃらに選んで、足掻いて、諦め、それでも前を向いてこの歳なって…。
十代の頃からずっと考えている事ではありますが、まだまだ答えはでません。
そんなものかも知れません。40歳なんて、まだまだひよっこなのかもしれませんね。
(そのお通夜を見ながら、僕は自分のおじいちゃんの事を思い出していました。
おじいちゃんもなかなかの人生の人でした。それはまた、次の機会に。)
生きてると色々なことが絡んできます。よくも悪くも。それを“エゴ”というのかも知れません。
“先祖”とか“家系”とかもあるかもしれないけど、そんなもんはもって数代。戦国時代や幕末、戦時中なんて“生き死に”軽い時代もあったんだし…なんて、色々、いろいろ考えます。
で、いろいろ考えてると、やっぱり何か“伝えたい”って、思うんです。
で、夕方から同じ隣保内のお通夜に出席。近所の、そして遠い親戚にあたるおじいさん(享年90歳)でした。小さい頃には、同い年の夕子ちゃんとよく遊びにつれていってくれたおじいさんでした。
そのおじいさんのお通夜に参列しながら、なんとなく「生と死」を考えていました。
生まれて、遊んで、恋やセックスを覚え、成長し、老い、衰え、死んでゆく…。人には人それぞれの生き方と、選択肢が用意されていて、がむしゃらに選んで、足掻いて、諦め、それでも前を向いてこの歳なって…。
十代の頃からずっと考えている事ではありますが、まだまだ答えはでません。
そんなものかも知れません。40歳なんて、まだまだひよっこなのかもしれませんね。
(そのお通夜を見ながら、僕は自分のおじいちゃんの事を思い出していました。
おじいちゃんもなかなかの人生の人でした。それはまた、次の機会に。)
生きてると色々なことが絡んできます。よくも悪くも。それを“エゴ”というのかも知れません。
“先祖”とか“家系”とかもあるかもしれないけど、そんなもんはもって数代。戦国時代や幕末、戦時中なんて“生き死に”軽い時代もあったんだし…なんて、色々、いろいろ考えます。
で、いろいろ考えてると、やっぱり何か“伝えたい”って、思うんです。
2010年6月4日金曜日
今、そこにある練習。
近況報告的ブログ。
携帯電話でブログの投稿はできたけど、絵文字は無理でした。ま、当たり前っちゃ当たり前か。
あとは、ツイッターとの連携、というか比重だな。
たつの市のコンテンポラリーダンスの公演の練習に参加してます。今日で三日目。
なんかコンテンポラリーってわけわかんなかったけど、なんとなく理解できてきたかな。進歩♪
舞台が狭いせまい。でも意外と面白いかも。ほんと俺が踊ってるよ(笑)。
今、自分的に本当に、ローカルな芝居がしたい欲求が沸々とわいてます。
ホント“神戸でやってた”なんて自慢のひとつにもならないよ。要は“目の前のお客さん”に、
“どれだけ伝えられるか”なんだよね。もう、それはたったひとりでも。
だから僕は、今日も芝居(表現)を、続けていられるんだと、思います。
携帯電話でブログの投稿はできたけど、絵文字は無理でした。ま、当たり前っちゃ当たり前か。
あとは、ツイッターとの連携、というか比重だな。
たつの市のコンテンポラリーダンスの公演の練習に参加してます。今日で三日目。
なんかコンテンポラリーってわけわかんなかったけど、なんとなく理解できてきたかな。進歩♪
舞台が狭いせまい。でも意外と面白いかも。ほんと俺が踊ってるよ(笑)。
今、自分的に本当に、ローカルな芝居がしたい欲求が沸々とわいてます。
ホント“神戸でやってた”なんて自慢のひとつにもならないよ。要は“目の前のお客さん”に、
“どれだけ伝えられるか”なんだよね。もう、それはたったひとりでも。
だから僕は、今日も芝居(表現)を、続けていられるんだと、思います。
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